(・・・・・ホント、変な風習だね)

家を出た瞬間から感じる沢山の視線を、まるで気付いていないようにサラッと無視して学校へと急ぐ。
のんびりしてたらまた朝練に遅刻だ。部長が桃城になったからと言って、馴れ合うのも好きじゃない。
まぁ部長が誰であろうとあくまでマイペースなリョーマだったが、今日はやはり遅れたくはなかった。
いつまでたっても慣れない風習とはいえ、好きな人がくれるという物を断るつもりはまったくなかった。ふと腕時計に視線を落とし、走り出す。

(あの人達に出遅れるのは癪だしね)

早歩きから駆けだすのに言い訳を必要とする自分に「まだまだだね」と苦笑し校門をくぐると、リョーマは部室までダッシュで向かった。










anniversary 〜R.Echizen 前編










「チーッス」
「お?越前〜〜!今日はやけに早ぇーじゃねーか」

意味ありげにニヤニヤ笑ってポンポンと頭を叩いてくる桃城をチラリと見やってから、レギュラージャージに着替える。もちろん反撃も忘れない。

「そういう桃先輩こそ。部長のクセにいつももっと遅いのに、今日に限って早いじゃん」

からかうつもりが見事返り討ちにあった桃城は「ったく、口の減らねーヤツだなっ!」と苦笑いを浮かべ何か言おうとした時、顧問の竜崎が呼ぶ声がして「今行きます〜!」と大声で返事をして部室から出て行った。
リョーマは慌てて両手で耳を塞いだが、それでもすぐ側にいたので耳が痛い。

「・・・声デカ過ぎ・・・」

やれやれと溜息をついてふと視線を移すと、自分と同じように桃城の大声に顔をしかめて、不機嫌そうに舌打ちをした人物が目に留まった。
不機嫌そうなのはいつもの事だが、何度もドアの方へ視線を送りながらどこか落ちつかなげに靴紐を結び直している、明らかにいつもと様子が違うその人物―――海堂に、さっきから気になっていた事を聞いてみようと声をかけた。

先輩はまだっスか?」
「・・・まだ見てねぇ」
「へぇ・・・めずらしいっスね」
「・・・余計な事喋ってねぇでとっとと準備しやがれ。早くしねぇと先輩達が来る時間になる」
「ウィーッス」

3年生は引退をしてから放課後はともかく朝練は滅多に出る事がなかったが、今日はからのチョコを少しでも早く受け取る為に顔を出す事が分かりきっていた。
もちろん今日の朝来るとは3年生の誰1人ハッキリとは言っていない。
でも間違いなく部室に全員揃う確立100パーセントだね、とその3年生の1人である某逆光メガネの人物の口調をマネしてみる。
そして、普段ならありえない海堂の様子は、海堂自信も密かに今日を楽しみにしているからだろう。
リョーマは「分かりやすい先輩達が多いな」と、まだこの場にいない他のメンバーの顔を思い浮かべつつ、急いで着替えて外に出た。










テニスコートの外は当然いつも以上にギャラリーが多かった。そしてみな同じような何かを手に持って頬を染めてこちらを見ている。
先程からの姿を求めて視線をさまよわせていたリョーマだったが、その度にあちこちから黄色い悲鳴があがり、うんざりした顔で溜息をつくと桃城に向かって言った。

「アレ、何とかなんないんスか?」

恋する乙女達もリョーマにかかったらアレ扱いだ。桃城はいつもクールな後輩に苦笑いを浮かべて背中を叩いた。

「まぁそう言うなって!年に1度の事なんだし、少しくらい大目に見てやれよ」
「・・・少しくらいって・・・」
「でも確かに今年はスゲーなこりゃ。先輩達が中学卒業した時の比じゃねーな」
「動物園の珍獣になった気分っス」

鈴なりになったギャラリーの大多数がまだきていない3年生目当てだったが、しかしもちろんそれ以外の子達もいる訳で。
何気に揃ったリョーマと桃城に熱い視線が集まっていたのは言うまでもないが、気付いているのかいないのか2人はどこまでもいつも通りだった。

「練習に集中してねぇから気になるんだ。もっと精神力を養え」
「お!言うねぇ〜!さすがマムシ副部長様っ!」
「っ!てめぇっ!!」

密かにファンの多い海堂まで揃ったとたん、更にあちこちから黄色い声が上がった。
やはり流石にその声にうんざりし舌打ちした海堂に、桃城は笑いを堪えつつ話かけた。

「さて!先輩達が来る前にランニングしてとっとと上がるぞ。おばさんからも許可が出てるしな」
「ちゃんと竜崎先生と言え」
「へぃへぃ」

桃城の一声で部員はまとまってテニスコートを出ていく。
集団でいればギャラリーの子達も行動を起こせるはずもなく、遠巻きにこちらを見ているだけだった。
いつもより早めに終わる朝練。今日はまだ見ていないあの笑顔。

(・・・いないとなんか調子でないし)

走り出して暫くしてからリョーマは先刻海堂に聞いた事をもう1度訊ねようと、右隣を並んで走る桃城に視線を向けた。

「今日先輩どうしたんスか?」
「あ、あぁ。アイツ休みだってよ」
「・・・休み?・・・風邪でか?」
「・・・そうらしい」

そういう事はいつも真っ先に言うであろう桃城が、何故聞かれるまで黙っていたのかリョーマは疑問に思った。しかも妙に歯切れが悪い。
そしてリョーマと同じように今知らされ、いつもなら「何でもっと早く言わねぇ!」と食ってかかるであろう左隣の海堂はというと、どうにも表現しがたい複雑な顔をして走っていた。

「先輩達・・・先輩となんかあったんスか?」

ギクッと震えたその肩が質問を肯定した事に他ならないのに、出てきたセリフは否定していた。

「な、なんかって何だよ!ある訳ねーじゃねーか!なぁマムシ?!」
「あ、あぁ。・・・・ってマムシって言うんじゃねぇっ!!」
「返事するって事は自覚してんじゃねーか?」
「んだとっ!」

言い争いをしながら走るスピードを速めた2人の背中を見て、誤魔化されたと感じてムッとしたリョーマだったが、1度射抜くような視線を送ってから、それどころじゃないと頭を切り替えた。

(ふーん、あの様子じゃ何か抜け駆けしたんだ。やっぱ桃先輩も海堂先輩も今日が勝負と思ってるみたいだね)

後は自分の行動次第。

(ま、相手が誰であろうと負ける気ないけど)

リョーマは不敵な笑いを浮かべて、走る速度をあげた。










走り終えて部室に戻ると、いいタイミングで次々と3年生達が顔を出す。
そして揃いも揃って挨拶の次に出る言葉が彼女の事を問いかける言葉だった。

(・・・ホント、分かりやすい人達)

今桃城に掴みかかるくらいの勢いで問いかけている菊丸など、その中でも1番分かりやすい人物だろうとリョーマは思う。
休みだと知ると、それはもうガックリと肩を落としてうなだれて椅子に腰をかけた。
それから何やら思いついたらしくおもむろに携帯を取り出し操作し始めた。
にメールしているのが一目瞭然。
止めに入ろうかとも思ったが、今日は相手を牽制しているどころではなくなりそうだと、これからの事を考えた時、それまで携帯をいじっていた菊丸がおもむろに情けない声をあげた。

「うにゃ〜〜・・・ガッカリだにゃあ・・・ちゃんから貰えないなんて〜〜〜」
「英二、しょうがないじゃない。風邪なんだから」

分かりやすい菊丸と正反対に、いつもニコニコとしていて分かりにくいと言われがちの不二。
でもその笑顔の下には怖いくらいの激情を秘めている事は、ここにいるメンバーなら知っている。
そしてそういう不二が1番油断ならない事も・・・。
リョーマは菊丸を宥めている不二を見つめていたが、その視線に気付いた不二とふと目が合うとニッコリといつもの笑顔を返された。

(・・・にゃろう)

まるで宣戦布告のようなその笑顔。もちろん受けて立つつもりのリョーマは帽子を被りなおし、何もなかったかのようにいつも通りの平然とした顔をした。

「でもさぁ〜〜〜〜。今年こそちゃんにハッキリと確認しようと思ってたのに・・・」
「英二先輩、また抜け駆け?」

さっき菊丸がにメールした事を暗に指していたのだが、それを知っているのがリョーマだけだったので不二をはじめとする他のメンバーの菊丸へ向ける視線が厳しくなった。
それに気付いた菊丸は慌てたように首を振ってリョーマを睨んだ。

「ま、またってにゃんだよっ!それにおチビだってそのつもりだったんだろ〜!?」
「・・・別に。先輩達みたいに焦ってないし」

抜け駆け云々はともかく、ただハッキリさせるには今年しかないと思っているのは本当で。

(・・・それが焦ってるって事に・・・なるのかな)

菊丸の問いに答えながらそんな事を考えて、それ以上否定も肯定も出来ずにリョーマはスッと視線を逸らした。

「う゛う〜〜〜!生意気だにゃっ!!」
「英二先輩!越前が生意気なのは今に始まった事じゃないっスよ?!」

(・・・余計なお世話)

桃城のセリフに心の中で悪態をつき、その場から少し離れてリョーマは傍観を決め込んだ。

「・・・桃・・・お前もなんだか余裕だにゃ・・・」
「そ、そんな事ないっスよっ!」
「・・・・・・馬鹿が」
「んだとっ!」
「フン」
「いいよなお前らはっ!・・・俺達はもうすぐ卒業だもんにゃ・・・」

桃城はと同じクラス。海堂はクラスは違えど同じ学年。
リョーマや3年生より接点は多く、抜け駆けする機会を作ろうと思えばどうにでもなる。
だからそれが菊丸には余裕に見えるのはいたしかたない。

「そうだな。それに今日を最後に3年生は自由登校。卒業式までは用がない限り学校には来なくてもいい。そうなるとに会える確率は―――」
「う゛に゛ゃっ!そんな事言うなよぉ〜〜〜〜!」
「い、乾。何も今英二にそんな話言わなくても・・・」
「タカさん。事実から目を背けていては、人間成長はしない」
「そ、そうかも知れないけどさ・・・」
「フフッ、大丈夫だよタカさん。英二の事だから何かと用事を作っては学校に来るって。ちゃんに会いに・・・ね?」
「(・・・・・ばれてるにゃっ!)」

(・・・乾先輩は相変わらずだし、河村先輩だってなんだかんだいっても・・・それに―――)

少しはなれた所からこちらを見ている手塚と大石の表情を見て、リョーマは気合を入れなおすかのように帽子を被り直した。



何をしていても、皆がを大事に思っているのは十分すぎるくらい伝わってくる。
肝心な所はスッポリと抜け落ちたみたいに気付いていないくせに、そんな皆の気持ちに答えるかのように、毎年レギュラー陣限定でから渡されるチョコレート。
義理とか本命とかリョーマにとってよく分からない分類があるが、皆同じものを受け取っていたので、自分達は誰1人抜きんでている訳じゃないとイヤという程認識させられた。

(同率1位なんか冗談じゃない。俺は上にいくよ?)

―――そう、去年までは、誰1人にとって特別な1つを貰っていない。
でも今年もそうとは限らない。ましてや、3年生達はもうすぐ卒業する。
例え彼女が動かなくても、油断ならない先輩達の事、これを機に自分達の関係を変えようとすべく、何らかの行動を起こすだろう。
そうさせる訳にはいかない。と一緒に過ごした時間は皆と比べて1年少ないけれど、それがハンディとは思わない。
想いの強さなんて出会って一緒に過ごした時間と比例する訳じゃない。
誰にも負けないと自負しているこの想いに答えて欲しいのは、年上とは思えない笑顔の可愛い、少し(かなり)鈍感な大切な人。
の笑顔を思い浮かべ、素直に「会いたい」と湧き上がった感情に思わず苦笑したリョーマだった。












「・・・38度5分・・・かぁ・・・」

は1人ベットで寝ていた。
朝いつものように起きようと思ったら、やたら寒くて震えて起きあがる事が出来なかった。
なかなか起きてこないので様子を見に来た母親に熱があると言われ、計ったら39度もあって自分でも驚いた。
もちろん休むように言われ、行ったところで皆にうつすだけだと、は泣く泣く断念した。

「よりによってこんな日に熱でなくてもいいじゃない・・・私のバカ」

2月14日。バレンタインデー。
ほとんどお菓子会社の陰謀とは言え、そういうパワーを借りて勇気を出すのは悪い事じゃないと思う。
あれだけいい男揃いのレギュラー陣に囲まれて、普通の女の子なら倒れてしまうような羨ましいくらいの環境にいながらマネージャーの仕事をしていて、すっかり慣れたつもりでいた。
このままずっといい仲間としての関係でいられるならと何度も思ったが、それだけで終わらせるにはこの想いは強すぎた。
やはり自分も普通の女の子なんだなと、は思った。

(こんな日でもなきゃ・・・言えないのに・・・)

情けなさで溢れてきた涙が枕を濡らす。
このまま終わってしまうのか。終わらせられるのか・・・。チョコを渡すのはいつでも出来る。
だけど気持ちを奮い立たせる事が出来る魔法は・・・今日をおいてなかった。

「・・・・・・よしっ!」

重い頭を起こしてベットを何とか抜け出すと、そっと階下の様子を伺う。母親は仕事に出かけてまだ帰って来ていないようで誰の気配もなかった。

(・・・すぐ帰ってくれば大丈夫よね・・・)

ふらつきながら制服に着替え、いつもより厚手のコートを着こんで首にマフラーを巻き、出かける準備をした。
どんなに熱があってぼんやりしていても、昨日から用意してあった肝心の物を持つ事はもちろん忘れないでいた。






何度もフラフラして車道に飛び出しそうになり、その度に通り過ぎる車に派手にクラクションを鳴らされる。
それでも頑張って歩いているうちにどんどん寒気が酷くなり、何やら眩暈も覚え足も鉛のように重くなった。
そしてついに一歩も動けなくなりは堪らずその場にうずくまった。

(・・・学校まで行けそうもない。どうしよう・・・)

は、今、辛うじて意識を保っているのが自分でも分かったが、どうにかしたくても自力ではもう歩くどころか動く事も出来そうになかった。

「あ、あの!大丈夫ですか?!」

突然かけられた声に返事をしようとどうにか顔を上げた瞬間、の目の前は暗闇に閉ざされた。












昼休みに入るほんの少し前、リョーマは退屈な英語の授業にあくびをしつつぼんやりしていた。

(・・・昼休みにお見舞いに行くのもアリかもね)

そんな事を考えていたら、微かにポケットの中のものが震えだしそっと取り出した。

(また英二先輩が暇をもてあましてメールしてきたな)

そう思ったが、意外な相手からで思わず某部長並みに眉間にシワが寄った。
メールに目を通したリョーマは、読み終わるや否やけたたましく椅子から立ち上がり、同時に勢いよく教室から飛び出して行った。

「あ、おぃコラ!!どこへ行く越前!!」

教師の怒声と同時に鳴った授業終了のチャイムは、それを見ていたクラスメート達のざわめきにかき消された。