集合時間40分前。少しでも早く逢いたくて急いでいたからか、思っていたより早く着いた。
は多分準備を手伝う為として早くに来ているだろうし、普段なら平気で遅刻する越前でも今日はまず遅れないだろうと簡単に予想が出来る。
(もう少し別の方向へその意欲を向けて欲しいものだが・・・)
ついそんな事を考え溜息をつき、チャイムを押そうと手を伸ばした瞬間、玄関ドアが開いた。
「やぁ手塚。いつもより集合には早くないか?」
そう言って突然出てきた乾は手塚を家へ招き入れ、もう一度腕時計を確認する。
「なんだ、何か問題でもあるのか?」
不自然なまでに時間を気にしている乾に違和感を覚えそう訊ねてみる。
「いや、気にするな。すぐに分かるさ」
「・・・・・・・・・・」
magic 〜3rd
これ以上答える気はないというかのように踵を返して家の奥へと歩いて行く。手塚も後を追うように足を踏み出した。すると、乾は突然立ち止まり、くるりと手塚に向き直った。
「そういえば渡した物は役に立ったかい?」
「・・・いや、見ていない」
手塚はあえて見なかったのだが、そう答えた時乾の眼鏡が怪しく光ったのを見逃さなかった。
「見なくても全然問題がなかったという事か?」
「あぁ。・・・・・・これ以上お前達に借りを作ると後が大変だしな」
「ふむ、それは一応自覚があるんだな」
「・・・・・・・・・・」
手塚が眉間のシワを深くしたとき、これから2人が入ろうと思っていた廊下の右側、リビングのドアが勢いよく内側から開いて、いつもの顔ぶれが見えた。
「も〜〜〜!にゃにやってんだよぉ〜〜2人とも遅いっ!!それに不二ばっかずるいにゃっ!!なんでエスコート役までするんだよぉ〜〜〜〜!」
「しょうがないだろう?そもそも今回の話だって言い出したのは不二なんだし・・・」
「でも大石〜〜!」
「・・・エージ先輩に任せても危ないよなぁ?」
「そーっスね」
「にゃんだと〜!桃!おチビっ!」
「まぁまぁ英二、だから結局こうして皆で様子見に行く事にしたんじゃないか」
「だけどタカさん、あの不二だよっ!?わざと着替えの途中にドア開けちゃったりしてたらどうすんだよぉ〜〜!」
「ま、まさか!由実子さんだって一緒なんだし・・・」
「/////(フシュ〜)」
「あ!マムシテメェ!何想像して赤くなってやがんだよっ!!」
「なっ!だ、誰がだっ!想像なんかしてねぇっ!!」
「とぼけてもバレバレだっつーのっ!」
ワイワイギャーギャー。賑やかな声が廊下に響き渡った。
「・・・・・・何の騒ぎだ」
「「「「「「っ!」」」」」」
そのとても聞き覚えのある声が誰であるか、振り返らずとも分かっていた。
「や、やあ手塚。は、早かったんだな?」
「・・・・・・・・・・・」
先程の乾と同様、どこか不自然さを感じずにはいられない大石の返事に、どういう事か手塚が訊ねようとした時、廊下の突き当たりにある階段の上から、これもよく聞き覚えのある声が響いた。
「皆揃ってるようだね?さぁ、我らがお姫様の登場だよ?」
そう言って不二に手を引かれて姿を現したを見て・・・・誰もが言葉を失っていた。
思わず息を飲むもの、顔を真っ赤にして直視できないでいるもの、感嘆の溜息を漏らすもの、反応はさまざまであったが、思いは誰もが同じであった。
手塚はというと、目を見開いて固まっていた。
の色の白さを引き立てている赤。その色に包まれて、いつもとは明らかに違う、どこか艶やかな、女性を意識させる美しさ溢れる笑顔。
頬が朱を帯びているのはきっと照れているのだろうが、それがまたあどけなさを残し、絶妙なバランスを保ちつつも、の美しさの要素にプラスされている。
「ちゃんキレイだにゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
菊丸の第一声で弾かれたかのように皆ハッと我に返る。
「あ・・・・ありがとう、ございます・・・」
ドレスに負けないくらい真っ赤になった顔を慌てて下に向ける。
不二は、そんなをまじかで見て、やはり役得だったなと思いクスッと笑うと、小声で話しかける。
「ちゃん。お待ちかねの人が来てるよ?」
「・・・えっ」
は足元に向けてしまった視線を戻して階下に向ける。
すぐにパッと視線が絡まる。お互いいつもと少し違う、ちょっと熱を帯びた視線。
そんな視線に不覚にも戸惑ったのは手塚の方だった。
は、手塚の瞳に自分がどんな風に映っているのか気になっていただけなのだが、その瞳は不安に揺れていて、艶っぽく、手塚にはまるで自分を誘っているようにしか思えなかった。
その視線をまともに受け止める余裕がなく―――思わず逸らしてしまった。
その瞬間、の顔が曇ったのを隣にいた不二が見逃すはずがなかった。
「ちゃん」
「は、はい?」
慌てて返事をして顔を向けると、目の前には不二の整ったキレイな顔があった。
「「「「「「「あ゛〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!?」」」」」」」
あまりの出来事に頭はついていかなかったが、頬に残る感触が、妙にハッキリと先程の不二の行為を思い起こさせる。は左頬を押さえて顔を真っ赤にさせてうろたえた。
「え?!あ、あ、あの、ふ、不二先輩?な、何を―――――――キャッ!」
突然腕を引っぱられたかと思ったら誰かに抱きしめられた。突然の事では顔を見れなかったが、たくましい広い胸、ホッとする温もりには確かに覚えがあった。
そしてそれが間違いではなかった事が上の方から聞こえる声で確認できた。
「・・・・・・不二、どういうつもりだ」
手塚は今までそんな激情を表に出した事がなかったので、さっきまで自分達の側にいたはずの手塚が、あの一瞬の間に階段を駆け上がり、鋭い視線で不二を睨みすえているのが信じられなかったメンバー達だった。
「どうって、見た通りだよ?」
不二は動じた様子もなく相変わらずの涼しい顔で答える。
「僕はちゃんが好きだし、とても大切に思っている。・・・手塚、君にも負けないくらいにね。・・・だからもし、またちゃんにあんな顔をさせるような事があったら――――――もう2度と遠慮はしない」
手塚は思わずを抱きしめている腕に力を込めた。先程の不二の発言に、が微かに動揺していたのが伝わったから。
不二の見開かれた瞳からは、に対する想いが痛いくらいに伝わってきた。
・・・しかし・・・
「悪いが、誰であろうと渡す気はない」
この場にいる全員に宣誓するかのようにキッパリと告げた手塚。その真剣な瞳を真っ直ぐ受け止めた不二は、フッと表情を和らげいつもの笑顔を見せた。
「うん、それでいいんじゃないかな?ねぇ皆?」
階下にいる仲間達を見て声をかける。
「まぁ手塚にしては上出来だろうな」
「ちゃんを泣かせるなよ手塚!」
「手塚・・・を絶対幸せにしてくれよ?」
「も〜大石っ!結婚するんじゃにゃいんだから〜〜〜〜!!」
「あ、でももう部長も結婚出来る歳っスよ!(見えないけど)18なんだし」
「・・・もな」
「ふーん、いいんじゃないっスか?」
次々と驚くような言葉を掛けられ思わず面食らってしまった手塚だったが、ふと我に返り、を抱きしめたままだった事に気付き、そっと腕を解いた。しかし、は俯いたまま顔を上げようとしなかった。
「・・・?どうし――――っ!」
顔をのぞき込んだ手塚は、の頬に光る涙に気が付いて言葉に詰まった。
その様子を見ていた不二は、クスッと笑うとこう告げた。
「ちゃん、喜んでくれたようだね?僕達からのクリスマスプレゼント」
「―――――え?」
思いがけない不二のセリフに振り返る。その瞳はまだ涙に濡れていた。
さすがの不二もそれには一瞬息を飲んだ。
(―――まったく、無防備すぎるよねキミは)
そんな事を考えつつも、さすがにこれ以上は手塚に怒られる所じゃすまなそうだなと、努めて普通に言葉を繋いだ。
「そのドレスもそうだけど、どっちかって言うとこっちの方がメインかな?」
「?」
「・・・俺を挑発したかったんだな」
「うん。挑発して、言わせたかった・・・が正解かな?」
不二の行動が手塚を怒らせる為だった事が分かり、少しホッとしただったが、と同時に、先程の手塚の発言が甦ってきてますます涙が溢れてきた。
「不二先輩―――それから皆さん、ありがとうございます。・・・私・・・」
それ以上言葉に出来ず、本当に嬉しそうな、幸せそうな顔で、ただ静かに涙を流す。そんな顔を見せられて平気でいられるメンバーではなかった。
「ふにゃ〜〜〜〜〜〜!ちゃ〜〜〜〜〜〜ん!!!」
「///あ、こ、こら英二っ!」
「―――っ、予想以上だ」
「ビューティフルッ!!!キミの涙は星より美しいぜベイビィ―――――――ッ!!」
「///////(フシュー)」
「・・・反則だよなぁ、反則だぜ」
「・・・っス」
そんな悲鳴が飛び交う中、手塚は眉間のシワを深くして、今自分の目の前で泣いているをもう一度抱き寄せた。先程とは違う悲鳴が上がる。
「・・・礼は言う。だがこれ以上コイツのこんな顔を見せてやる訳にはいかない」
そう言って一睨みする手塚。
涙が止まらない理由が、さっきの手塚のせいか、それとも今のセリフのせいか自分でも判断しかねて、真っ赤な顔でオロオロとしている。
(うーん。やっぱり面白くないよね)
そんな2人を見ていた不二は、にこりと笑って言い放った。
「・・・ちゃん。さっきは確かに手塚を怒らせる為だったけど、でも僕の気持ちは本当だよ?忘れないで」
「・・・・・え?」
「だから、もし手塚に飽きたらいつでも僕の所へおいで?」
「不二っ!!」
「にゃっ!不二ばっか抜け駆けっ!!はいは〜〜い!ちゃん!俺もいつでも待ってるよん〜!!」
「まぁそういう事かな」
「うん、そうだね」
「手塚なら・・・大丈夫だろうけどな」
「・・・大石先輩、こんな時くらい素直になったらどうっスか?」
「え、越前!」
「にゃはは〜!おチビいうにゃあ〜〜!」
「・・・・・・頑張れよ」
「なんだよマムシ〜!テメェもたまには素直になれよ〜〜!」
「っ!うるせーんだよ!!」
結局はなんら変わりない今まで通りの会話に、手塚は溜息をつきつつ、は本当に嬉しそうにその光景を見つめていた。