この時期、実にきらびやかな装飾が施されたディスプレイが目を引くジュエリーショップ。
手塚は、自分でも周りから浮いているのが分かるくらい似つかわしくない場所にいた。
プレゼント選びに悩んでいたのは確かだったが、乾から「参考までに」と渡されたものには一度も目を通してはいなかった。いなかったが、何を渡されたかは概ね検討がついていた。
これ以上借りを作るつもりがまったくなかったのも事実だが、初めて、彼女であるに贈るもの。自分でしっかり悩んで選びたいという気持ちの方が強かった。
マネージャーであり彼女でもあるに、少しでも感謝の気持ちを込めたかった。
どうにも普段からそういった気持ちを表していないような気がしていたし、デートなどもまったくと言っていい程した事がなかった。
オフはといえば出かけるとしても図書館とか本屋とか。も特に何も言ってこないのでそれに甘えている所もあると自覚している。
・・・いわゆる世間一般でいう彼氏らしい事など皆無であった。
本人は似つかわしくないと思っていたが、その姿は傍目には、彼女に贈るものを真剣に考え込んでいる見目麗しいいい男として密かに周りの注目を集めていた。
そんな好奇の視線など気付きもせず、ひたすらショーケースを眺めていた手塚だった。
magic 〜2nd
さんざん悩んだ末1番に似合いそうだと思った物を選び店員に声をかけた。
「随分お悩みだったようですね。ひょっとして今日プロポーズでもされるんですか?」
そう訊ねる店員の言葉に驚いて二の句が継げないでいると、
「あれ?違いましたか?とても幸せそうな顔で選んでいらっしゃったから、てっきりそうだと思ったんですが・・・」
手塚は思わず左手で口元を覆った。
鉄面皮だとか仏頂面だとかよく言われる自分が、そんな表情を―――傍目にみて分かるような、そんな顔をしていたのかと更に驚いた。
もちろん今考えていたのはの事だけ。
似合うだろうか・・・受け取った時どんな顔をするのか・・・喜んでくれるのか・・・。
そんな事ばかり考えていた。
(・・・それが周りから見て幸せそうな顔だというのか・・・)
黙ったままなのを照れていると思ったのかそれ以上は何も言わず、スッと手塚の目の前に綺麗にラッピングした小さな箱を差し出した。
「きっといい返事が貰えますよ」
そう言ってにっこりと笑う店員。それを訂正する訳でもなく自然と言葉が出た。
「えぇ。ありがとうございます」
(あながち間違いでもないしな・・・)
受け取った箱を握り締めポケットに入れると、店を後にする。
日はもうとっくに暮れていて一段と冷え込んできていた。
集合時間にはまだ余裕があったが、少しでも早くの顔が見たいと思い、自然とその足も速くなった。
キラキラとライトアップされた街並みを時折眺めながら急ぎ歩く。
1人で見ていてももちろんキレイだと思うが、それでもどこか色褪せて見えている自分に気が付いた。2人ならきっともっと違って見えるだろうと何故か確信が持てた。
(・・・もう何をしていても1人という気がしないな)
想いが通じた日、気が付いたら好きになっていたとは言ったが、それは手塚にとっても同じだった。いつも自然に、空気のように、さりげなく側にいた。いつかその存在を当たり前のように思っていた。
そして―――いつも言葉が足りない。それでも何も言わずには手塚を見つめている・・・。
(言葉にしなければ伝わらない事はきっとたくさんあるな・・・)
今日という日は不思議と人を神妙な気分にさせるらしい。手塚は、何故か普段なら言えないような事も言えるような気がしていた。・・・そんな不思議な力に頼ってみるのもいいかもしれないと思う。
おもむろにコートのポケットに手を突っ込んで、そこにあるものを確かめるように、想いを込めるように握り締め、冬の冷たい澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んだ・・・
「はいっ!これで終わりっ!」
目の前にいる由美子は、不二そっくりの笑顔でニコニコしていた。
いまだに状況が把握できていないは、鏡に映っている自分を見て呆然としていた。
「うん、本当にキレイよちゃん!」
そう言われても何も答えられずにただただ鏡を見つめていた。
(・・・これ、私?)
あれから由美子の部屋に連れてこられて、まるで着せ替え人形の様に、半ば無理やり服を着せられた。
今着ているのは真っ赤な、派手というより可愛らしいさを感じさせるデザインのショートドレス。柔らかいジョーゼットの生地で体をラップ状に包み、ラインが実に美しい。左胸にある薔薇のコサージュを中心にドレープが寄っていて、柔らかさもでている。肩紐は、ほとんどないと言っていいくらい細く頼りないが、のほっそりとした肩にはピッタリだった。
そして光沢のあるオーガンジーのシンプルな白のロングショールで、ふんわりとその肩を包みこむ。
まるであつらえたかのようにの体にフィットしていた。そしてその赤が、の肌の白さを一段と際立たせる。
普段はもちろん学校であるからした事はないし、休日でもそういった事にまったく興味がなく、化粧っ気がない。由美子によって薄く化粧も施されていた。
「ちゃん、お肌もキレイよね。とってもお化粧のノリがいいわ!」
自分の事のように本当に嬉しそうに笑っている由美子と鏡越しに目が合った。の瞳はまだ明らかに戸惑っていた。
「ふふっ。理解出来ていないって顔ね?」
「あ・・・・は、はい・・・。そもそも今日お伺いしたのだって、最初は由実子さんに占ってもらおうって不二先輩が・・・それだけだったんです。でもクリスマスイブだし、どうせなら皆でパーティしようって私が提案して、それで・・・」
そう話しつつ自分の中でも整理していく。
(どうしてこうなったんだろう?今日までみんなの様子は別に変わった所はなかったし・・・)
いろんな考えが渦を巻いていたがどうしても理由が分からなかった。そんなの様子を優しい目で見つめていた由美子が切り出した。
「周助がね、言い出した事なの。テニス部の皆でいつもお世話になっているちゃんにクリスマスプレゼントを贈ろうって」
「クリスマスプレゼント・・・不二先輩が?」
「そのドレスもね、周助が選んできたのよ?そして私に頼んできたの。『ちゃんに魔法をかけて欲しい』・・・ってね」
「・・・え?・・・魔法??」
「そう、魔法。女の子はね、いつでもいくらでも自分に魔法をかけられるものなのよ?キレイになりたいって念じるのだって、本当に効くんだから!」
由美子に言われ、思わず鏡の中の自分を見つめる。
(・・・キレイになりたい。手塚部長と少しでもつり合う位に―――)
はそう願わずにはいられなかった。
「ちゃん、大丈夫、しっかり魔法がかかっているわ。本当にキレイよ・・・・・・・周助が気にしてるのも分かるわ」
「え?」
「ううん、こっちの事よ。でもこんなちゃんみたら、あの厳格クンもひとたまりもないわね!」
「?ゲンカククン?」
「あ、やだ私ったらつい。ふふっ、さぁみんなのところへお披露目に行きましょうっ!」
「え、あ、でも・・・」
正直、こんな格好をした事などなかったし、ましてやこのまま皆の前へなど恥ずかしくてとても行けそうもなかったので、はつい逃げ腰になっていた。
ちょうどその時由美子の部屋のドアをノックする音が響いた。
「はい?」
「姉さん、僕だけど。入っても大丈夫?」
「えぇ、どうぞ?」
中からの返事を確認して不二はカチャッとドアを開け・・・・・・固まってしまった。
は確かにそこにいた。
――――いるのだが、とてもさっきまでのと同一人物に思えなかった。
もともと整った顔立ちではあるが、いつも実年齢よりは幼く見られがちであった。
それでも内面から滲み出てくるような、素顔の下に見え隠れする美しさに気付いているものは、不二をはじめ数える程だった。
しかし、分かっていたにもかかわらず、この衝撃はなんだろう。
(・・・参ったね・・・)
不二は内心で苦笑する。こんなを見てあのメンバーが冷静でいられる訳がないと思ったし、それに何より自分が1番冷静でないように思えたから。
部屋の入り口で固まったままの不二に由美子が笑いかけた。
「ほら周助!何か言う事はないの?ちゃん不安がってるじゃない!」
そんな姉の言葉にハッと我に返ってにっこりといつもの笑顔をこぼす。
「うん、思った通り、ううんそれ以上だよ・・・。よく似合ってるよちゃん」
(―――やっぱり手塚にあっさりと渡すのはちょっと癪だね)
笑顔の下でそんな事を考えていたが、それにが気付くはずもなかった。
「さぁ、もうすぐ手塚も来る頃だと思うし、下に行こうか」
「え、で、でも、あの・・・こ、この格好で・・・ですか?」
「クスッ。大丈夫、僕が保証するよ・・・・・・とってもキレイだよ」
そう言うとスッと右手を差し出して、エスコートする意思を示す。まだ困惑した顔をしていたが、恐る恐るといった感じでその手に自分の手を重ねる。
そうして部屋を後にしようとした2人の背中に由美子が声をかけた。
「ちゃん、今日のラッキーナンバーはゼロよ。それからラッキーな場所は教会・・・ふふっ、今日という日にピッタリね・・・・・・メリークリスマス!」