ちゃん、占い好きだったよね?僕の姉さん占いが得意で凄く良く当たるって評判なんだ。よければ今度のオフ、姉さんに見てもらわない?」

その不二の突然の発言に部室内は一瞬にして静まり返った。皆そっと手塚を伺う。手塚の眉間のシワが深くなったのを誰もが見た。
当のはというと、キョトンとした顔をしていたが、すぐさま満面の笑みを浮かべた。

「え、本当ですか?!お邪魔しちゃっていいんですか?!」

手塚が更に渋い顔をしたのに気付いていないのは、背を向けていただけだった。










magic 〜1st










12月のある日の部活終了後。
手塚をはじめとする3年生は、すでに引退した身であったが、皆、月に何度かは体を動かしに来る。そして久し振りに全員揃っていた時に、それは起こった。
不二のその一言で手塚の予定は大きく狂わされる事になった。
今度のオフというのは冬休みに入った24日。クリスマスイブである。
そういうイベントには一切興味のなかった手塚だったが、12月に入ってすぐ、どこかそわそわした雰囲気が教室に流れはじめていたのを感じていた。そしてその理由はふと聞こえてきたクラスメートの会話で分かった。

「ねぇ、もうすぐクリスマスだよね〜!今から楽しみっ!予定どうなってるの?やっぱり彼と?」
「もちろんよ〜!せっかく彼氏が出来たのに、2人だけでクリスマス過ごせないなんて最悪じゃない?」

(・・・そういうものか?)

手塚には今まで特定の誰かとクリスマスを過ごすような経験はなかった。テニステニスの毎日でそれ以外考えられなかったから。過ごすとしても去年までは部のみんなで誰かの家に集まってワイワイ騒ぐくらいだった。
それも手塚は特に乗り気ではなかったのだが、マネージャーであるが1番張り切って楽しそうに準備していたので、それもいいかと思ったくらいのものである。

(・・・しかしアイツはそんな事気にしそうじゃないが・・・)

アイツ。そう。手塚とが正式に付き合いだして初めてのクリスマス。
去年はまだ先輩後輩の関係だったからそんな事など考えてもいなかったし、は当時からレギュラー陣に多大な人気を博していたので、2人きりになりたくともなれなかったと、後日菊丸がぼやいていたのを思い出す。
でも大勢で楽しく過ごすのが好きなの事、今年もきっと何かしようと言い出すだろうと思っていた。

部活中にプライベートを持ちこむような事はなかったので、付き合っているといっても皆の前では今までとなんら変わっていなかった。も、あの日以来手塚に笑いかけるようにはなったが、そこら辺はきちんとわきまえていた。
お互いやるべき仕事があるからいつも一緒にいる訳でもなかった。やっと2人になれるのは部活の終わった帰り道、それもほとんど集団で帰るので、の家の前までの最後の10分くらいの道程だけだった。

(2人きりか。・・・それもいいかもしれないな)

だからかもしれない。珍しくそんな風に思ったのは。
誰かが何か言い出す前に、早く自分から誘わなければならない。
2人が付き合うようになってからも、隙あらばと狙っているらしい仲間を思い出して苦笑した。






・・・そして今、それが遅かったという事を嫌という程思い知らされた手塚だった。

「あ、でも、その日クリスマスイブですよ?お邪魔じゃないですか?」
「そんな事ないよ?ちゃんならいつでも大歓迎だよ。あ、そうだ、ついでだし僕の家族に紹介―――」
「にゃっ!?どさくさに紛れてなに言ってんだよ不二〜〜〜!!」

セリフを遮られ菊丸を一睨みする。その目はしっかり開かれていた。

(フフフ・・・良い度胸じゃないエージ?)
(う、うにゃっ!?)

を挟んで、周りで見ていたメンバーが緊迫するくらいの静かな攻防があったが、そんな事には微塵も気付いていない。それどころか少し俯いてなにやら1人思案顔であった。

、どうかしたのか?」

気分でも悪くなったのかとすぐに気付いたのは大石。心配して覗き込みつつも、背後に手塚の視線を痛い程感じてちょっと苦笑する。

「あ、いえ、ちょっと思ったんですけれど・・・もしもご迷惑じゃなければ、今年は不二先輩のお家でテニス部のクリスマスパーティーできませんか?」

まさしく皆にとっては鶴の一声。

「あ、それいいにゃ〜〜!賛成〜〜!!」

誰が不二と2人きりにさせるかと、すぐさま同意する菊丸。それに続くように次々と賛同の声が上がった。
しかし不二は、まるでこうなる事を分かっていたかのように、実にあっさりOKの返事を出した。
それを皆怪しく思ったのは確かだったが、何よりと一緒にいられるのならという思いの方が強かったのでとりあえず今は気にしないようにしていた。

その様子を、相変わらず渋い顔で、壁にもたれて腕を組んで見ていた手塚。それに気が付いたは、トコトコと皆の輪から抜けて近寄っていくと、心配そうに訊ねた。

「部長は反対ですか?」

寂しそうな顔で下から見上げられてどうして反対できようか。手塚はそっと分からない様に溜息をつくと、の頭にポンと大きな左手をのせた。

「・・・いや、そんな事はない」

結局去年となんら変わらないクリスマスになりそうだと、内心では盛大に溜息をついた。

2人きりになりたい。

そんな思いを抱いているのは自分だけなのではないか・・・。嬉しそうに笑っているを見てそう思わずにはいられなかった。

(かなり重症だな・・・)

手塚は今までの自分らしくないとも思う。しかし1度知ってしまったこの気持ちは、簡単には抑えられそうもなかった。










集合時間1時間前。
は今日の為に頑張って作ったケーキや料理を両手に持ってフラフラと歩いていたが、無事たどり着いてホッと胸を撫で下ろした。
途中何度もつまづいてあわや全部ぶちまける所だったのを思い出し、慌てて中をあらためる。

(・・・良かった。なんとか大丈夫みたいね)

そしてふと、カバンの奥に用意してあるものを見て大好きな人の顔を思い浮かべた。ここ2、3日、何かと忙しくてまともに話もせずに当日を迎えてしまった。

(・・・部長、気に入ってくれるかなぁ・・・)

どんな顔をして受け取ってくれるだろうか・・・そんな事を考えてボーッとしていたら、相変わらずの大きな家の中からバタバタと足音が聞こえてきた・・・と思ったら、ものすごい勢いで玄関のドアが開いて誰かが飛び出してきた。

ちゃ〜〜〜〜〜〜んっ!!」
「きゃっ!」

叫ぶと同時に抱き付いてきたのが誰か、確認するまでもなくすぐに分かった。

「き、菊丸先輩!どうしたんですか?まだ集合時間にはだいぶありますけど・・・って、あれ?」

そう言って菊丸の肩越しに見慣れたメンバーがいる事に気が付き目を丸くする。

「皆さんもう来られたんですか?」
「いや、やっぱり準備とか色々大変だろうし、何か手伝う事ないかなと思ってさ」

そう言いながら、ゴロゴロと咽喉を鳴らすかのようにに抱き付いたまま離れようとしない菊丸をさりげなく引き剥がす。

「そうなんですか。さすが大石先輩ですね!」

素直にその言葉を信じられてちょっとバツが悪くなり苦笑いをもらすメンバー達。誰1人、手伝いが目的ではないという事を分かっていないのはだけであった。
そのはというと、いつもなら必ずいるであろう人物、いや、1番いて欲しい人物がいない事に気が付いた。

「あ、あの・・・部長はまだ来られてないんですか?」
「あ、手塚は何か用事があるらしくってまだなんだ。でも時間にはちゃんと来れるって言ってたよ?」
「そうですか・・・」

そう聞いたがほんの一瞬寂しそうな顔をしたのを誰もが見逃さなかった。
皆、といられる事は嬉しい。しかしそんな顔を見たいとは思わない。こういう時の団結力は並みではないレギュラー陣のムードメーカー2人がサッと動く。

「さぁ!ぐずぐずしてっと時間がねぇぞっ!キレイに飾り付けして部長驚かせてやろうぜ〜!」
「そうそう!それにちゃんにはスペシャルコースが待ってるんだにゃ〜!」
「え?あ、あの?」

戸惑いつつも2人に背中を押されて家の中へと入っていく
それを見ていた残りのメンバーはやや複雑そうだったが、不二が言い出した今回の計画に反対するつもりはまったくなかった。






桃城と菊丸に連れられてきたのはリビングだった。そこには不二とその姉である由美子がいた。

「いらっしゃいちゃん。待ってたよ。あ、こっちが僕の姉さんだよ」
「はじめまして由美子です。フフ、周助から話はよく伺っているわ。ホント可愛らしいお嬢さんね」
「あ、は、はじめまして!です!お邪魔致します!」
「クスッ。そんな緊張しないでいいよちゃん」

は、噂には聞いていたが本当に美人である不二の姉と、相変わらずのキレイな笑顔を浮かべている不二を見た。そうして姉と並んでいるとやはり似ている。は思わずボ――ッと2人を見つめていた。

「にゃっ!ちゃん!!なに不二の事見つめてるんだよぉ〜〜!?」
「え?あ、あはは、あの、不二先輩も由美子さんもキレイだなぁって思って・・・つい見惚れちゃいました」
「なに言ってるの。僕なんかよりちゃんの方がずっとキレイだよ?・・・ホントはあんまり分からせたくないんだけど、それを今から皆もっと認識するんじゃないかな?」

不二の謎掛けの様なセリフにの頭に疑問符が浮かぶ。

「え?それってどういう―――」

その時ちょうど玄関にいたメンバーが全員リビングに戻ってきた。

「あれ?まだ準備してないのか?そろそろしないと間に合わないんじゃないか?」
「うん、そうだね。じゃあ姉さん、後よろしくね?」
「OK、任せておいて!じゃあちゃん、行きましょう」
「え?あの・・・?」
ちゃん、何も言わないで姉さんに任せてみて?」

は、自分の知らないところでどんどん話が進んで行くのにまったくついていけなかったが、さぁさぁと由美子に急かされ、釈然としないままリビングから姿を消した。

それを見届けてから不二が確認する。

「手塚にはちゃんと1時間遅く伝えたんだろうね?」
「あぁ大丈夫だ。まさか俺達が2時間も前に集まっているとは思ってもいないだろう。それに手塚は今頃他の事に気をとられているはずだ」
「他の事ってなんだい?」
へのプレゼント選びの確立100パーセント」
「・・・どっからそんな確立が出てくるんスか」
「ホント、相変わらずっスね」
「手塚はこの手の事は実に分かりやすいからな。計算するまでもない」
「ちゃんとしたもの買って来るんスかね?」
「おぃ桃、いくらなんでもその心配は必要ないだろう」
「でもお〜いし〜、あの手塚だにゃ?」
「いやそれも心配ない。何か困った時見るようにと、参考までに『貰って嬉しいクリスマスプレゼントランキング』リストを渡しておいたから」

「・・・だからどうしてそんなデータがあるんだ」と、口にこそ出さなかったが全員が思っていたのは言うまでもない。