最近マネージャーであるの様子がおかしい。
ジィ〜〜〜〜っとある1人を見つめているかと思ったら、大きな溜息をついたりする。ここ何日かそんな事の繰り返しだった。
自分に対して向けられている訳ではないその視線に、気付かないメンバー達ではなく。
しかしただ1人だけ気付いていないと思われる人物。それは紛れもなく彼女の視線の先にいた。










彼女の視線と溜息の理由ワケ  〜前編










「はぁ・・・・・」

いつも元気で明るくて笑顔を絶やさず、その柔らかい微笑みは癒し効果抜群。皆に愛されているマネージャー。
そんな彼女がテニスボールを拾いながら無意識に溜息をいていた。
それを見かねて、声をかけたのは大石だった。

、どうしたんだ?溜息なんかついて」
「・・・あ、大石先輩、お疲れさまで・・・あぁっ!もう休憩ですか!?スミマセン!今すぐドリンク用意しますっ!!」
「え?いや違うって!お、おい!!―――――もういない」

そう言うや否やものすごいスピードで走って行ってしまい、が去った後には一陣の風が吹いているだけであった。
声をかければ笑顔で振り向いてくれるのだが、それでもどこか曇りがちだと分かるのは、いつも見ているから・・・。
見えない後姿を思って、大石までも溜息を漏らしてしまう。
その時ふと背後に誰かが近づいてきたのに気がついて振り返ると、いつもの穏やかな笑みが大石の目に映った。

「守備はどう?」
「・・・不二。いや、悪い。ダメだったよ」
「そう・・・『心ここに在らず』って感じだよね」
「あぁ、そうだな。・・・やっぱり英二が何か――――」
「しかし菊丸は全然気付いてない。何かした心当たりがあるなら99.9パーセントの確立で気が付くだろう」

急にヌッと背後に現れ声をかけてきた人物に、大石は一瞬飛びあがって、苦笑して振り返る。

「・・・乾・・・急に現れないでくれよ」
「あぁすまない。それに菊丸が俺達の目を盗んで抜け駆け行為に及ぶ確立は12パーセント未満だ」
「あれ?そんなに低いの?意外だなぁ。英二ならもっと隙を見てアプローチしてると思ったけど」
「周りに厄介な相手が多過ぎるからな。特に菊丸は同じクラスに強敵がいる」
「それは光栄だね」

不二は相変わらず奥の読めない笑顔で、乾は大きな手で眼鏡がずれるのを直しながら、お互いを見ている。
大石はそんな様子を見守りながらなんとなく嫌な空気を感じて、そっと胃の辺りを押さえていた。

「まぁ不二の場合はもっと高いけれどね」
「クスッ、当然だよね。あ、僕以外じゃ誰が高いの?」
「そうだな、意外に手塚も高い。まぁ部長だし接する機会は何かとある訳だ。ちなみに大石は――――」
「お、おいおい、俺の事はいいよ!それに2人とも!今はそれどころじゃないだろ?」

急に矛先を向けられ雲行きが怪しくなりそうだったので、大石は「こりゃタイヘン」とばかりに、今直面している問題を改めて振った。
2人はふと表情を引き締め、が去って行った方を見やった。

「うん、確かにね」

彼女の視線と溜息の理由。
それを聞きだそうと1名を除いたレギュラー陣はひとまず共同作戦を開始していたのだった。








その除かれた1名はというと、コートで桃城相手にアクロバティックを披露していた。

「きっくまっるビ――ム!」
「うわっと!そりゃないっスよ英二先輩〜〜〜!」
「甘い甘いっ!」

華麗にジャンプして決められたスマッシュに苦笑いを浮かべる桃城。
ちょうどその時「15分休憩!」という手塚の声が響き渡り、2人とも一息入れにベンチに戻る。

「・・・そう言えば英二先輩。最近変じゃないっスか?」

桃城は桃城で、作戦の一環で菊丸から直接何かを聞き出そうとしていた。
あまりに唐突な話題に不自然さを感じていないだろうかと心配になったが、菊丸はそんな事には微塵も気付いていないようで、首をかしげて答えた。

「にゃ?ちゃん?ん〜〜〜そう?いつもと変わらないと思うけど・・・にゃんで?」
「え!?ひょっとしてマジ気付いてないんスか!?・・・英二先輩って鈍い・・・」
「にゃんだよそれっ!おい桃!しつれーな事言うなよなっ!!」

菊丸は桃城の頭を抱え込むように左腕を回して締め付けながら、右拳でその頭をグリグリと押さえつけた。

「イテテテ!え、英二先輩!すんませんっ!ギブギブッ!!」
「へへ〜ん!そう思うなら帰りにハンバーガー奢れよっ!!」
「わ、分かりましたからっ!奢ります!奢らせて下さい!」
「おぉ〜!桃ちん、太っ腹〜〜!」
「・・・はぁ・・・ついてねーなぁ、ついてねーよ」

桃城はちょっと涙目になって、菊丸の腕から開放された頭をさすりつつ溜息をついた。
ちょうどその時、話題にのぼった本人がとことこと菊丸達の前に現れた。

「はい。菊丸先輩、桃くん、お疲れ様です!」

そう言ってにっこり笑うと、すっと2人の目の前にタオルとドリンクを差し出す。

「さーんきゅっ!ちゃんナイスタイミング〜!」
「おぉ、サンキュ」

それを受け取りながら菊丸は嬉しそうに笑い、桃城はそっと2人の様子を伺い見ていた。
しかしこうして菊丸と面と向かっている時は、確かにいつも通りので、気になるような所は一切見当たらなかった。

(う〜〜〜〜〜ん。これじゃあ英二先輩も気付かねーか・・・でもじゃあなんで・・・)

桃城はなんとなく納得しつつもあれこれ考えていた。
が、ふと気が付くと目の前で2人がいい雰囲気で楽しそうに話していたので、このまま見過ごす訳にも行かず、しっかりと邪魔する事に専念しようと頭を切り替えた。

「そうだ、今日俺ら帰りにハンバーガー食いに行くんだけどよかったらお前もどうだ?」
「あ!それ賛成〜〜!行こう行こう!俺が奢ってあげるにゃっ!!」
「え?!英二先輩、じゃあ俺が奢らなくてもいいじゃないっスかっ!」
「にゃに言ってんだよ〜!それとこれとは別っ!!ちゃんは特別だもんにゃ〜〜♪」

そう言ってバチッとひとつウインクをすると、は見る間に真っ赤になった。

「え、あ、でも、あの・・・」

赤くなった頬を押さえながらが何か答えようとした時、どこからともなくバシッと打ちこまれたテニスボールが菊丸の顔面目がけて跳ね上がってきた。

「うわっ!!」

持ち前の動体視力の良さでそのボールを避けると、こんな芸当が出来る唯一の人物を探して睨みつけた。

「コラおチビ〜〜〜っ!にゃにすんだよっ!!」

怒られた本人は帽子を直しつつ平然と歩み寄って来る。

ちゃんに当たったらどうすんだよっ!!」
「俺がそんなヘマするはずないじゃないスか。それより・・・菊丸先輩。抜け駆けっスか?」
「に゛ゃっ!?な、何がだよぉ〜〜〜!」

菊丸は内心かなりギクッとしながらも、ここで怯んだら負けだとばかり睨み返す。
しかしそんな視線もどこ吹く風と不敵な笑顔を浮かべ、まだギャアギャアとうるさい菊丸との間にさっと割り込んだ。

先輩、タオル」
「あ、ゴ、ゴメン遅くなって!はい、お疲れ様!」

そう言って渡されたタオルを受け取り、まじかで見るその笑顔に頬が熱を帯びるのを感じたリョーマは、顔を逸らしつつそれを誤魔化すように言葉を継いだ。

「・・・別に先輩が謝る事じゃないっス。遅くなったのはその人のせいだし」
「にゃんだと〜〜〜!?」

先輩を『その人』呼ばわりしていつも以上に菊丸に絡むのは、の事があるから。
まぁ彼女がいればいつもこんな調子なので、は彼らの気持ちまで分かっておらず、ただ楽しそうに笑って見ているだけであった。
その3人の様子を見ていた桃城は、やれやれと少し苦笑すると、気を取り直すかのように立ち上がりリョーマに向き直った。

「まぁまぁ越前!お前もどうだ?帰り寄ってくか?」

そう言われずとももちろん付いて行くつもりだったリョーマは、チラッとの顔を見た。

先輩も行くんスよね?」

帽子の下から同意を求めるような視線で訊ねられ、ハッと我に返ったは、慌ててバタバタと胸の前で両手を振る。

「あ、そ、それなんだけど・・・実は今日ちょっと用事があって・・・行けないの」

の言葉に3人3様の反応が返って来た。


「え〜〜〜〜!?そうなんだ・・・・残念無念また来週だにゃあ・・・・」

顔どころかガックリと肩まで落とし、体全体で表現する菊丸。


「用事があるんならしょうがねーよな、しょうがねーよ」

苦笑しつつ、自分自身に言い聞かせるような桃城。


「・・・まぁ、大勢で行ってもつまんないし。今度2人で行ってくれればそれでいいっス」

相変わらずのぶっきらぼうな話し方で決して素直には言わないが、帽子に隠した表情は曇っているリョーマ。


「本当にごめんなさい!」

はそう言って頭を下げつつも、自分と一緒に行きたいと言ってくれている事が嬉しかった。
レギュラー陣は何かとを誘ってくれる。マネージャーである自分に対する必要以上の気遣いに何度も申し訳なくなったが、それもこれも自分を思っての事。嬉しくないはずはなかった。

・・・しかしその気遣いに、下心というものが隠されている事には微塵も気付いていないであった。










「ふ〜〜!腹いっぱいだにゃ〜!桃!サンキュ〜〜!」
「・・・ハ、ハハ。どういたしまして」
「ほんじゃ、また明日な〜〜!」
「お疲れっス!」

結局リョーマはがいないならいいとさっさと帰ってしまい、当初の予定通り菊丸と桃城の2人だけであった。
男2人じゃ色気より食い気になるのも当然で、ろくに会話もなくひたすら食べていたが、その時菊丸はふいに、部活中に言われた桃城の言葉を思い出していた。

『最近変じゃないっスか?』

(やっぱりみんなも気付くよにゃあ〜〜。でもでもっ!俺の演技も完ペキパーペキパーフェクトってね!)

そう、菊丸は気付いていた。自分に向けられているあの視線に。
気付いていないと見せかける為の努力は並大抵ではなかった。油断すれば嬉しくて緩みがちになる頬を叩いては、気を引き締めていた。
特に同じクラスのいつも笑顔の要注意人物や、気が付けばノート片手に何やら書き込んでいるデータマンに悟られないように。

(にゃは!気付かない訳ないじゃん!好きな子が自分の事を見てくれてるんだから〜♪)

ただでさえ手強いライバルが多く競争率の激しい愛すべきマネージャーの
どんな理由であろうとその彼女の視線を独占している。それが嬉しくない訳がなかった。
そんな事を考えていたら顔がにやけるのを抑える事が出来ず、誰かに見られただろうかとキョロキョロと辺りを見渡した。

(う〜〜〜ん。でもにゃんでだろ?俺、何かしたかなぁ・・・)

――――ただ1つ気になるのは、その理由。
それを1番知りたいと思っているのは、誰でもない菊丸本人だった。