この状況にはただただ顔を赤くして、目を丸くして戸惑うばかりだった。
今見えるのは、大好きな、見据えられると逸らす事が出来ない青い瞳。女と見間違えられそうな綺麗な顔立ち。男の割に細い肩越しに・・・・・・白い天井。
(え〜〜〜っと、どうしてこうなっちゃったんだろう?とにかく、とにかく落ち着くのよ私!)
はこうなった原因に付いて必死に思考を巡らせた。
色褪せないPhotograph 〜前編
ずっと想い続けていた気持ちが通じて、バレンタインの日から晴れて不二と付き合う事になった。幸せいっぱいのはずだったが・・・何やら早速悩んでいた。
部室で部費の帳簿の整理をしていた手は、先程からずっと止まっていた。
「ん〜〜〜〜〜」
「・・・・・・せ・ぱい」
「う〜〜〜〜〜」
「・・・・・・・・先輩」
「はぁ〜〜〜〜」
「・・・先輩っ!」
「え?あ!は、はいっ!!・・・・って、リョーマくん?」
何度呼びかけても上の空。心ここに在らず。
自分の声が届いていないのが不満だと、はっきりと顔に出ていたリョーマは「何?」と首をかしげて自分を見上げているを見て帽子を直しつつ大きく溜息を付いた。
「・・・で?何なんっスか?」
「え?何が?」
「・・・先輩分かりやす過ぎっス」
「???」
あんなに溜息をついて考え事していたのに、気付いていないと本気で思ってるのか、わざとボケているのか・・・。
の場合、間違いなく前者である事はテニス部レギュラー陣にとって公然の事実なので、リョーマもそれ以上の突っ込みは出来ないでいた。2度目の溜息をついての隣に腰を降ろす。
「それで?何悩んでるんスか?」
「え、えぇ?べ、別に悩んでなんて・・・」
「さっきから動いてないっスよ?手」
「・・・・・・」
は「あはは」と乾いた笑いで誤魔化して、また溜息をついた。
不二や乾ほどではないにしろ、レギュラー陣はの言動には敏感であった為(が分かりやすかったのもあるが)何かあった時は誰かが必ず相談に乗っていた。
その相談権獲得の為にそれはもう数々の水面下での死闘があったが、今は多くを語るまい。
そんな事まで気付いていないは、結局いつも「皆さんには敵わないです・・・」と悔しいような嬉しいような表情で、話し始めるのが常だった。
「・・・聞いてくれるの?」
「・・・気になって部活どころじゃないっスから」
「あ、ダメじゃない!何があっても集中しないとっ!そんなんじゃ今年は全国行けないよっ?!」
ふいにマネージャーの顔になって説教をすると、「先輩の事だから気になるんス」と急に真面目な顔で答えたリョーマの視線がぶつかった。
その真剣な眼差しに思わず動揺しどんどん頬が赤くなるのが分かったが、が慌てて何か言おうとした瞬間、部室のドアが勢いよく開いた。
「おぃ越前っ!1人で早々に行動なんていけねーなぁ、いけねーよ」
「あ、桃君」
「・・・ちぇっ」
2人が同時に振り返ってそう言うと、桃城の後ろからもう一人顔を出した。
「・・・なにしてる。部活中だぞ」
「あ、ご、ゴメンね薫君!私がボーッとしてたから・・・」
「・・・お前に言ったんじゃねぇ」
「え、でも・・・」
「・・・・・・今ちょうど休憩にした所だ」
「あ、そうなんだ・・・って!ドリンク配らなきゃ〜〜!」
手に持っていたペンを放り投げるようにして慌てて立ち上がったに、桃城が笑って声をかけた。
「おぃおぃ落ち着けって!ドリンクならもう1年に言って配らせてあるからよ」
「う・・・・・・ご、ごめんなさい・・・」
今ではしっかりと部員をまとめて引っぱっている桃城と海堂。
最強と言われた青学3年生引退後のプレッシャーももちろんあったが、それも乗り越えて手塚とは違った桃城なりのやり方で、部は今までと変わらずまとまっている。
海堂はそんな桃城とは正反対でよく衝突もするが、お互いにないモノを持っているので補えあえる実にいい関係だった。
そしてそんな2人に共通している事は・・・負けず嫌い。そしてに甘いと言う事。
―――まぁこれはレギュラー陣全員に言える事であったが。
自分の大切な仕事すら失念してすっかり考え込んでいた事に今更ながら気付いて、は申し訳なさで小さくなった。
そんなを苦笑しつつ見ていた3人は、もちろんが不二と付き合う事になったのは分かっている。なんせバレンタイン当日、からのチョコを不二の手から渡され、
「ちゃんの本命はもらったから。・・・言いたい事、分かるよね?」
などととびきりの笑顔と開眼で言われた日には、分かりたくなくとも分かるというもので。
それでも今この場に不二はいない。いないからという訳でもないが(いや実は大いにあったかもしれないが)が何か悩んでいるのを放っておける彼らではなかった。
リョーマが部室に入って行くのを見た桃城と海堂は、無理やり休憩をいれて(普通それを職権乱用と言う)2人きりにさせまいと乗り込んできたのだった。
「ほらほら!気にすんなって!誰だってそういう時もあるだろ?な?」
「・・・たまにはゆっくりしてろ」
「で?どうしたんスか?」
「越前!いきなり本題に入るヤツがあるかっ!」
「先輩達が来なければ、もうとっくに聞けてたんスけど」
「だからってなぁ〜!」
「(フシュ〜〜〜〜)・・・少しは気を使え」
本題はどこへやら。が関わるとどうも話が脱線する3人だった。
「あ、あの、別にたいした事じゃないから、ね?気にしないで?」
はそんな3人をかわるがわる見つめながら、困ったように笑った。
「お節介なのは分かってっけどよ、お前が元気ねぇとどうも調子でねーんだ。だから聞かせてくれよ。な?」
桃城が答えると、他の2人もそれぞれの表情で同意を示した。
それを見たは、本当に嬉しそうな顔で微笑んで「ありがとう」と言いながら小さな頭を下げた。
その笑顔に心臓が高鳴った事をどうにか隠そうと、頭をかいたりそっぽを向いたり帽子を直したりといつもの動作で誤魔化したが、それでもどこかぎこちないな、と、3人は自覚していた。
「・・・もうすぐ不二先輩の誕生日なんだけど・・・」
それぞれ顔を見合わせて「やっぱり」と思ったが口には出さず、そのままの言葉を待った。
「で、ずっと考えてるんだけど何がいいか全然思いつかなくって・・・。今までは皆と同じでよかったかも知れないけど、い、一応、お、お付き合いしてるって、訳だし・・・。何か特別にしたくって。でも、不二先輩オシャレだし、変なものあげられないし・・・」
は確かに悩んでいるのだろうが、それでも自分のセリフに頬を染めながら少し俯き加減に話す様子は明らかに幸せそうだった。
3人は自分の為ではないプレゼントに悩んでいるを見つめながら、苦い思いを噛み締めていた。
それでもどうにかしてあげたい。他ならぬ大好きな、大切な、の為なら・・・。
そんな事を考えつつ桃城が口を聞こうとした時、が先に話し出した。
「もういっその事、不二先輩に何がいいか聞こうかなぁ・・・」
そのの一言に、3人は一気に血の気が下がった。
「や、止めろ!それだけは止めとけ!悪いこたぁ言わなねぇっ!!なっ?!」
「落ち着け!早まるんじゃねぇっ!!」
「先輩!そんな事聞いたら最後っスよっ!!」
突然詰め寄られて捲くし立てられ、は目を丸くした。
それぞれが必死な顔で、必死に止めているのは分かる。でも何故止めるのかまでは分からず首を傾げるばかりだった。
「・・・なんで?」
そんなの疑問にすっと答えられる人物は、ここには誰1人いなかった。
それでもどうにかそれだけは思い留まらせようと、何か適当な理由はないかと模索していた3人だったが、それぞれ1番いいと思う答えを導き出し再び捲くし立てた。
「そ、それはだな!やっぱ知らない方が受け取った時嬉しさが増すしよぉ?」
「・・・た、たまには不二先輩を驚かせるのも、いいんじゃねぇか?」
「先輩が一生懸命考えたものなら、なんだって喜んで受け取るっスよあの人は」
ひとつひとつ頷きながら聞いて「そうだよね〜」と納得した様子のを見て、心底安堵の溜息を吐き出した3人だった。
もし不二なら、そう訊ねられた時なんと答えるか・・・。3人は不本意ながらも、の事が好きな同じ男として良く分かっていた。