結局1人で散々悩んでどうにか納得の行く物を購入する事が出来て、ホッとしたのもつかの間。
あっという間に2月29日当日。
その日はパーティーをするからと不二の家に呼ばれていて、昨夜からまだ何を着ていくか決まっていない服とにらめっこしたりとバタバタしっぱなしだっただが、それでも時間より10分前にはきちんと家に着いていた。

テニス部のメンバーと一緒に何度か訪れた事のある不二の家。しかし彼女になってからは、初めてで・・・。
不思議な緊張感に包まれながらは深呼吸を1つして、少し震える手で玄関のチャイムを鳴らした。










色褪せないPhotograph 〜後編










「いらっしゃい、ちゃん」
「こんにちは不二先輩!・・・お誕生日おめでとうございます!」

ペコリと頭を下げてはにかんで笑う
ずっと大好きだった彼女。やっと想いが通じた愛しい彼女。その彼女が今目の前で、4年に1度しかない誕生日にこうして祝いの言葉を嬉しそうに言ってくれる。
不二はいつも以上に込み上げてくる想いをどうにか抑え、穏やかな笑顔を浮かべての手にある荷物を取った。

「フフッ、ありがとう。さぁ玄関先で立ち話もなんだから、あがって?」
「あ、は、はい。お邪魔します」

緊張しているのが伝わって不二がクスッと笑うと、は少し拗ねた顔をして、頬を染めながら家の中へと入った。
そのまま真っ直ぐに通されると思っていたリビングの前を通り過ぎ、廊下の奥の階段を上る。
不二の後を付いて行きながらもは首を傾げていた。

「あ、あの、不二先輩?お家の方にご挨拶しないと・・・」
「ん?皆出掛けたよ?」
「え・・・えぇっ!?だ、だって今日は・・・」

不二はパーティーをするからとを誘った。それは記憶違いなんかではない。なのにどうして出掛けたのか・・・。
が更に問いかけようとした時、不二の足がある部屋の前で止まり、どこか優雅な手つきでドアを開け、笑顔でに中に入るよう促した。

訊ねるタイミングを完全に逃してしまい、は促されるまま中へと入った。
その瞬間、この部屋が誰の部屋であるかに気付く。
何度か訪れた不二の家でも、リビングや応接間といった部屋しか入った事がなかった。
そう、初めて見る不二の部屋。白を基調にした壁紙。その壁には何枚かの風景写真。窓辺には何種類かのサボテン。棚にズラッと並んだレコードの数々。
不二の普段あまり垣間見る事の出来ない素顔が、この部屋には溢れていた。

は初めて踏み入れた不二のプライベートな空間に、心臓がうるさい位高鳴って行くのを感じ、戸惑っていた。

ちゃん、そんな所にいつまでも立ってないで、おいで?」

ドア付近で固まったまま動かないを見て不二はクスクスと笑って声をかけた。
は弾かれたように返事をして、慌てて不二の指し示した椅子に座る。
不二はそれを確認して自分はベットに腰を降ろした。

はどこか落ち着かずキョロキョロしていたが、ともすれば挙動不審になりそうだと気が付いて、慌てて何度か小さく頭を振って自分を落ち着かせようとした。
不二は何も言わず、の様子を楽しそうに、嬉しそうに見ている。
そんな不二の視線を感じ、余計にうるさい心臓を叱咤しつつ、少しでも緊張を和らげるべく何か話をしようとして、さっき聞きそびれた疑問を投げかける事にした。

「あ、あの、不二先輩?今日はお家の方とパーティーするんじゃなかったんですか?」
「え?違うよ?」

不二にあっさりと否定されて、は驚きを隠せなかった。

「え?あれ?で、でも、パーティーをするから家においでって・・・言いましたよね?」
「うん、そう言ったね」
「じゃ、じゃあなんで・・・」

は明らかに戸惑っていて、そんな様子を見ながら不二は笑いを堪えるのに必死だった。

ちゃん、僕は家族とパーティーをするなんて一言も言ってないよ?」
「・・・・・・・・・・え?」

そう言われて軽く混乱する頭でもう1度よく考える。
『パーティー+家=家族と一緒』という図式は、の頭の中で勝手に出て来たモノであって、確かに不二は『家族と一緒』とは言っていなかった。

「それじゃあ今日は・・・」

は恐る恐るといった感じに不二を伺いつつ訊ねた。

「うん、ちゃんと2人きりのパーティーだよ?」

不二の家は広い。・・・その広い家に2人っきり。
改めてその事を認識したは、先程までとはまったく違う動揺をしてみせた。
そしてその動揺を隠すかのように、必要以上に大きな声で色んな事を話しだした。
学校の事、部活の事、家での事。
不二はそれらを笑って、時には頷いたり、同意したりしながらずっと聞いていた。
は話をしながらもさっきからずっと頬が赤い。

(・・・少しは僕と同じように、意識してくれてるかな?)

マネージャーと先輩という関係が長かった為か、どうしてもそれが抜けきれていない。キスは交わしたとはいえ、それでもどこか一線を引いたような距離。
付き合うようになったのは本当につい最近だから、急に変わろうとするのが無理なのは、不二にも分かっている。
それに今までは仲間達と一緒で、2人きりになれる時間など限られていたから、が今の状況を戸惑っているのも無理はなく、表面上は変わりなく見える不二ですら鼓動の激しさを自覚せずにはいられなかった。

しかし何かきっかけがあれば―――だから今日、4年に1度の誕生日を、家族と一緒ではなくと2人だけで過ごしたい。そう願った。
そういう言い方をしたのも事実だったが、が勘違いしている事を分かっていながら、あえて不二は訂正しないでいたのだった。

話しているうちに少し落ち着きを取り戻したのか、の笑顔は柔らかなものになっていった。
話しながら1人で赤くなったり青くなったり、時には口を尖らせて怒ったりと、色々な表情を見せてくれる。そんなを優しく見つめながら、今こうして2人だけの時間に感謝をした不二だった。

「あ、大変!忘れる所でした」

急に慌ててカバンを探ったは綺麗にラッピングされた物を取り出した。

「不二先輩、お誕生日おめでとうございます」

はにかみながら、そっと差し出されたプレゼントを不二は嬉しそうに笑って受け取った。

「・・・ありがとう。開けてもいい?」

が小さく頷くのを確認すると、不二はしなやかな手で丁寧に開けていった。
出てきたのは皮表紙のアルバムと、同じ素材の写真立て。シンプルなものだったが、どうやら手作りのものらしく、温かみがあった。

「・・・何にしようかすごく悩んだんです。だから、プレゼントと言うより・・・そうして欲しいと言う私の願い・・・みたいになっちゃいました」
「・・・願い?」

不二は穏やかな顔でそのままの言葉を待つ。
はまた少し緊張した面持ちで目を閉じ、軽く息を吐き出すと、スッと目を開け真剣な眼差しで不二を見つめながら言った。

「そのアルバムを沢山の思い出で埋めていきたいんです。・・・できれば2人だけの思い出を」

の言葉に、今度は不二に軽い緊張が走った。
それは、体中の血が沸騰するかのように込み上げてくる感情と、その感情をどうにか抑えようとする理性の、相反する二つの気持ちのせめぎあいだったかもしれない。
それでも不二の様子はいつもと変わらず、は気付かずに話し続けた。

「よく考えたら不二先輩と2人だけで出かけたり、遊びに行ったりした事って1度もないんですよね。・・・いつもテニス部の皆さんと一緒だったから・・・。あ、それはそれでもちろん楽しかったですよ!?・・・でも、ホントは―――不二先輩と2人がいいなって、思った事が何度もあったんです。・・・だ、だから、その・・・」

言いにくそうに真っ赤になって俯いた。不二はすっと右手を伸ばしての左手を握る。それ以上は言わなくてもいいという合図のように。

「・・・ありがとうちゃん。今までで1番嬉しいプレゼントだよ」

はその一言に本当にホッとして、嬉しそうな幸せそうな笑顔をみせた。
不二の頭の中ではまだ葛藤が続いていたが、次のの一言に感情が主導権を握る事になった。

「私も嬉しいです・・・。ホント、桃君達の言う通りにして良かった〜」
「・・・・・・桃達?」

頭に浮かんだ3人の後輩の顔を思い浮かべながらの言葉を待った。

「プレゼント何がいいかすごく悩んでた時、先輩に何がいいか聞こうかなぁって言ったら『それだけは止めた方がいい』って止められたんですよ。『知らない方が嬉しさが増す』って」

そう言っては無邪気にニコニコと笑っていた。
不二は黙ったまま、さっきから握って離さなかったの手を、グイッと自分の方に引き寄せた。










(・・・何か変な事言ったかな・・・えっと、桃君達の話してただけ・・・だよね?)

逸らす事の出来ない不二の視線に戸惑いながらも必死に思い巡らせていたが、根本的に鈍いは、こうなった原因は分かっても、何故というその理由まで察する事は出来ずにいた。
それに気付いていないを少し困らせたくなった不二は、ベットに押し倒したままの体勢で更に顔を近づけた。それはもう、本当に唇がふれるかふれないかの距離で。

「え?!あ、あの、ふ、不二先輩?!」

は無駄だとは思いつつも、抵抗を試みた。いくら細身とはいえやはり男。しっかり両腕を押さつけられていては逃れようにも逃れられずにいた。

真っ赤になっているに構わず、不二は少しかすれた囁くような声で話し出した。

ちゃん、教えてあげようか?・・・桃達が、なんでそう聞くのを止めさせたか」
「え?―――っ!?」






どれくらいそうしていたかにはまったく分からなかった。
ただ、息苦しいくらい長い時間が経って、ようやくその熱が離れた時にはもう何も考えられなくなっていた。

「聞かれたらきっとこう答えたよ。・・・『ちゃんが欲しい』ってね?」

そのセリフと不二の怖いくらいに真剣な熱い眼差しに、カッと頬が火照るのを感じただったが、それを言葉にする事は出来なかった。それでも何か言おうとした時、不二が言葉を継いだ。

「でも、今はまだ―――このままでいいって思う。僕達はまだ始まったばかり。・・・さっきちゃんが言ったように、まずは2人きりの思い出を、沢山作っていこう?」

不二はそう言って、さっきまでとは違う、優しい穏やかな眼差しでを見つめ笑った。
その瞬間、の瞳から大粒の涙がこぼれた。

「っ!ちゃん?!・・・・・・ゴメン。・・・怖かったよね?」

さすがの不二も少し慌てて、抑えていた腕を離して謝った。

「ち、ちが、違います!・・・わ、私―――嬉しくて・・・。先輩が、同じ気持ちでいてくれた事が・・・本当に嬉しいんです・・・」

自由になった両手で口元を抑えながら、怖さや怯えなど微塵も感じられない綺麗な涙をただ静かに流している
その涙に濡れた瞳と火照った頬には、抑えたはずの感情をもう1度煽るくらいの効果はあった。
しかしそんな思いも吹き飛ぶくらい、が心の底から喜んでくれているのが不二には嬉しかった。
そしてそんな顔をさせられる事が出来たのが、他ならぬ自分自身である事に喜びを隠せなかった。

ちゃん。・・・ありがとう」

何故不二が突然お礼を言ったのか分からず、は目に涙を浮かべたままキョトンとした。
その顔が妙にあどけなくて可愛くて・・・不二はそっと頬にキスを落とした。

「僕を選んでくれて・・・僕と出会ってくれて・・・ううん違うな・・・。生まれてきてくれて、ありがとう」

まるで自分の誕生日みたいな事を言われハッとしたは慌てて首を振った。

「何言ってるんですか!それは私のセリフです!・・・・・・不二先輩私の言いたい事全部先に言っちゃう・・・」

少し拗ねながらも嬉しそうで、また溢れてきた涙を拭いながら照れくさそうに笑う。
そんなをそっと抱き起こして、そのまま抱きしめる。

何よりも、誰よりも、愛しい人―――。

その想いのすべてを伝えようとするかのように、不二は抱きしめた腕に力を込めた。
それに答えるかの如く、もそっと自分より広い背中に手を回した。

「・・・お誕生日おめでとうございます。不二先輩」
「・・・ありがとう。あ、もう1つ貰っていい?プレゼント」
「え?何ですか?」

身体を少し離してを見た不二はいつもの笑顔で言った。

「周助」
「?」
「今日から名前で呼んで?」
「あ、え、っと・・・・・・しゅ、周助先輩」
「先輩はいらないでしょ?」
「うっ・・・・きゅ、急には無理です〜〜!」

そんな風に真っ赤になって困っているを見ていると、更に困らせたくなる自分に苦笑する。

(好きな子ほどいじめたいってヤツかなやっぱり。フフッ、ちゃんが絡むと子どもだね、僕は)

そんな事を考えながら、離した身体をもう1度抱きしめ直した。

「じゃあそれは練習しておいてね?・・・ちゃんを貰う日までに」

恥ずかしくて、息苦しくて、それでも嬉しくて・・・何も答えられずにいただったが、そう言われてさっきよりずっと速くなった自分の鼓動と、眩暈がするような熱を身体に感じながら、不二の背中に回した腕にそっと力を込め、不二にだけ聞こえるくらいの声でそっとつぶやいた。

「・・・周助先輩・・・生まれてきてくれてありがとうございます」










何度目か分からない祝いの言葉とお礼の言葉。
何度言っても足りない言葉。
その足りない言葉を補うように抱きしめあったままの2人。

―――ただそれだけのこの穏やかな、暖かな時間が、これから沢山増えていく2人だけの思い出の1枚になった。
形には残らない、でも決して色褪せる事のない1枚に。
















言い訳部屋行く?