が誰かと付き合うとしたら、このメンバーの中の誰かだという確立99パーセント」と乾が予想していたのをふと思い出す。
それが自分であればと願いつつも、彼女が誰か1人を選ぶ日など来なければいい。正直そう思った事もあった。
それほど今の関係が、微妙なバランスを保ちながらも心地よかったから―――。
しかし、いつまでも今のままではいられるはずはない。
それは不二の中の1人の男としての独占欲が、彼女を・・・を求めているのが分かるから―――。

自分の内から込み上げてくる熱い想いに軽く眩暈すら覚えながらも、辿り着いた場所のドアをそっと開ける。今日だけに限らず普段から静まり返っている図書室。
ゆっくり本を読んだり勉強するには持って来いの場所。夏は冷房、冬は暖房が程よく効いている室内。
その部屋のずっと奥、カウンターの図書委員からも見えない死角がある。彼女はきっとそこにいる。
そんな確信めいた思いを胸に一歩ずつゆっくり歩き出した。










anniversary 〜S.Fuji 後編










見慣れた姿が不二の青い瞳に留まって、一緒に足も止まる。
はぼんやりと窓の外を見ていた。すっと通った鼻筋、少し潤んでいる瞳、ほんのり赤く染まっている頬、ふっくらとした艶やかな唇。―――本当に綺麗な横顔。
よく知っているはずなのに、まるで初めて気が付いたかのように心臓がうるさい。不二は自分自身を叱咤しつつも、目を離す事も、その場を動く事も出来ずにいた。

横顔に感じる視線に気が付いたが、顔を動かした瞬間、絡まる視線。
実に自然で、暖かくて、お互いまるで吸い寄せられるかのように離れなかった視線だったが、先に現実に戻ったのはの方だった。

「え?あ、あの、ふ、不二先輩?いつの間に、あ、いえ、どうしてここに?」

の戸惑いの表情に我に返った不二は、ふといつもの柔和な笑顔を浮かべて話しかけた。

「その質問、そっくりそのままちゃんに返してもいい?」
「あ、そ、その・・・」
「フフッ、ゴメン。聞かなくても分かってるけどね。ちなみに僕の答えは・・・『ちゃんに会いに来た』・・・だよ?」

はまた見透かされたと可愛らしい唇を尖らせたが、それよりなにより、こうして自分に会いに来てくれたという不二の発言に、驚きと喜びを隠せなかった。
そしてその動揺を少しでも隠そうと無駄な努力ながらも俯いて、用意してきた物を無言でそっと差し出すという形で、先程の不二の質問に答えた。
不二は右手を真っ直ぐに延ばしてが差し出した物を受け取って笑った。

「風邪で休んでたのに、約束気にしてわざわざ持って来てくれたんだよね・・・ありがとう」
「・・・いいえ・・・」
「熱はあるの?」
「・・・出かける前に計った時はだいぶ下がってましたから・・・大丈夫です」
「そう。でも無理しないで早く帰った方がいいよ?」
「・・・・・・」

それきり黙ってしまったを不思議に思い問いかけようとした瞬間、が先に口をきいた。

「やっぱり沢山ある中のひとつにしかなりませんか?」

思いもしなかった言葉が発せられ、不二は固まった。返すべき言葉を何1つ思い浮かべる事が出来ずにいた。

「去年も、おととしも、その前も―――先輩にとって沢山の中のひとつに過ぎなかったのは分かっています。でも・・・もうそれだけじゃ・・・イヤなんです・・・」

何も答えない不二に構わず、ただは今までの自分の想いのすべてを掃き出すかのように喋り続けた。

「先輩が誰かのチョコを笑顔で受け取るたびに、自分の中にイヤな感情が増えていくんです。でも、それを気付かれないように、全然気にしてないっていう振りをする自分もいて。・・・そんな自分がどんどん嫌いになっていって・・・」

の大きな目から涙がこぼれて頬に伝った。

「自分は行動を起こす勇気もなかったくせに、今のままの関係で終わらせたくないとか矛盾した事ばかり考えてて・・・。不二先輩が誰とも付き合おうとしないでいつも断って、断られて泣いている子を見て、内心ホッとして喜んでる自分が・・・すごい嫌いで・・・。不二先輩にこんな事考えてるって知られたら・・・きっと嫌われるって思――――っ!?」








突然身体を包む暖かい腕を感じたかと思ったら、それ以上の暖かさを唇に感じた。
驚いて涙は止まったが、目を閉じるヒマもなかったの瞳には、不二の青い瞳と綺麗な顔が映っていた。
テニスの試合中はその瞳には冷静であるが闘志を含んだ青い炎を宿しているが、今の不二の瞳は、それとは違った、初めて見る赤い炎を宿していた。
その熱を帯びた視線に、下がっていた熱が一気に上がったのが分かったは、更に頬も赤くなるのを自覚した。恥ずかしさで逸らしたいのに逸らせない。引き込まれる瞳。

「・・・僕もだよ」
「・・・え?」

そのままの体勢で更に抱き締める腕に力を込めた不二は、切なく苦しげな、それでいて嬉しさも含んだ声色で言った。

「僕もずっと怖かった・・・ちゃんに嫌われるのが。・・こんな風に、キミを自分だけのものにしたいといつも願っていた。・・・その為にはどんな手段も厭わないくらいの気持ちで。そんな独占欲は、キミへの想いの深さほど増して行ったよ」

不二の瞳の激しい炎は急速に薄れ、変わって穏やかな優しい眼差しをに向けていた。

「2人ともそんな想いが強すぎた・・・。自分が嫌いになるくらい、お互いの事を好きだった・・・。そうだよね?」

は言葉にする事が出来ず、先程止まったはずの涙を静かに流しながら、ただ何度も頷いていた。

「・・・自信を持ってもいいかな?ちゃんは僕を好きだって」
「そ、それは私のセリフですよ!・・・不二先輩は、本当に―――」
「好きだよ。今のままの、そのままのちゃんが大好きだよ」

のセリフを遮って、マネージャー仕事で荒れた手をとると甲に軽く口付けて、が1番聞きたかったセリフを言って、が今までに見た事がない笑顔で笑う不二。
そんな不二の行動に気恥ずかしさを感じながらも、嬉し涙は一向に止まる気配をみせなかった。
不二は少し困った顔でを見ていたが、ふいにいつもの、見慣れた笑顔を見せて言った。

「ほら、もうそろそろ泣きやんで?・・・でないと・・・場所も忘れてこのまま押し倒したくなるんだけど」

はボンッと音が聞こえそうなくらい一瞬で更に真っ赤になって口をパクパクさせた。

「な、な、な、な、何を、い、いって、言って・・・」
「それもいいかな?スリルあると思わない?」
「ふ、ふ、不二先輩っ!!!」

真っ赤な顔で両手をバタバタさせて慌てているの反応を、楽しそうに嬉しそうに見つめながら不二はクスクスと笑った。

「あっ!か、からかったんですね!ヒドイですっ!!」

そう言ってぷうと赤い頬を膨らませて拗ねて顔を逸らす。そんな幼い仕草でさえいとおしくて―――。
謝りながら不二はそっとの耳元に綺麗な顔を近づけ、

「それはまた今度・・・ね?」

そう言ってますますを赤くさせ、満足そうに笑った。










「ところでちゃん、それは・・・」
「あっ、そうなんですよ。これ渡さなきゃ・・・」

はそう言って机の上に置いてあった紙袋を手に取って、「部室に行こうかなぁ」などとつぶやいていた。
本当の所、義理でも渡して欲しくないというのが不二の本音だったが、が大好きな仲間へ用意したモノ。そして不二にとってもかけがえのない仲間。
本人の気持ちを手に入れた今、それくらいの余裕を持ってもいいだろう。しかし・・・
ふいに黙ってしまった不二を首をかしげながら見つめている。その視線に気が付いた不二は「なんでもないよ」と笑った。

「・・・ちゃん、そろそろ帰らないと。風邪引いてるんだし。送って行くよ」
「え、で、でも、これ・・・」
「心配しなくてもちゃんを家まで送った後、僕がちゃんと皆に渡しておくよ」
「・・・でも・・・」

自分で直接渡したい。そう思っているの気持ちも不二は分かっていた。が、

(それくらいの独占欲は満たさせてくれてもいいよね?)

と心で言い訳して、に笑いかけつつそっと肩を抱き寄せて頬に1つキスをした。

「大丈夫。ちゃんと渡すよ。・・・『本命チョコは僕がもらったから』って言いながらね?」

そう言ってさっきから赤くなりっぱなしのを見つめてクスクス笑った。

(・・・特別だからね皆は。それに・・・)

隣で頬を染めながらはにかんでいるをチラリと見て苦笑する。

(・・・渡さなかったりしたら、今度こそ嫌われちゃうかもしれないしね?)

どこまでもに弱い自分すらいとおしく感じられるようになったのは、やはりのお陰で・・・。
不二は繋いだ手に力を込めてを見た。

「これから先、この手は何があっても離さないから。・・・覚悟してね?」










「何の覚悟だろう?」とちょっとドキドキしながらも、繋いだ手の温もりが心地よくて、胸に沁みた。
すまなそうに謝りながら初めて手を握られたあの時から、この温もりは変わっていない。
あの瞬間から始まったのかもしれないこの気持ちを忘れる事は絶対にない。
―――は繋いだ手の温もりに、そっと誓った。
















言い訳部屋行く?