10月7日。
男子テニス部部長と生徒会長を兼任している手塚国光その人の誕生日である。
テニスの腕前もさる事ながら、他のスポーツもそつなくこなす。しかも頭脳明晰で成績優秀。そして見事なまでに整った顔立ちや、融通が利かないくらいの真面目な性格。
堅苦しいくらいに真面目すぎて嫌だとか、そのストイックなまでの真面目さがいいのだとか、大きく二分しているが、だからと言ってモテないわけではもちろんない。
去年の誕生日は、ここぞとばかりに勇気を出した女の子達のプレゼント攻撃が凄かった。
手塚もさすがに閉口し、受け取らずにすむよう苦肉の策として、何度も職員室や生徒会室に逃げ込んでいた。
しかし直接渡せないからといって諦める彼女達ではなく・・・。
机の中や下駄箱に詰め込まれたそれらを見て盛大に溜息をついた手塚は、「来年は一切プレゼントを受け取らない」と宣言したのであった。










catch and ...









「本当に受け取らないの?勿体無い。釣りで例えるなら入れ食い状態じゃない」

秋晴れの朝、すがすがしい空気を胸いっぱい吸い込み、学校までの道のりを並んで歩く。
は去年の出来事を思い出し、右の耳たぶを無意識に触りながら、少し前を歩いているスッと伸びた大きな背中に向かってそう問いかけた。

「不謹慎な事を言うな」

まっすぐ前を見て歩いていた手塚は、その歩みを止める事無くチラリとを振り返り、無愛想に答えた。
斜め後ろから見上げていても、眉間のシワが深くなったのが分かって苦笑する。
鉄面皮、仏頂面、それでもには自慢の幼馴染。家が隣同士で小さい頃はよく一緒になって遊んだ。
お互い一人っ子なので、親同士が勝手に許婚だなんだと盛り上がっているのを「またバカな事言って〜」と笑って聞いていた。

大切な幼馴染。それ以外の何者でもないと思っていた。・・・去年の今日までは。










1年の時手塚と同じクラスだったが、2年になって離れ、学校ではどちらかがわざわざ足を運ばない限り会えなくなった。
それを少し寂しいと感じてはいたが、の部活の朝練がある日は今までどおり一緒に登校していたので、その寂しさもまだ紛れていた。

しかしよりによって手塚の誕生日に、は部活がなく登校は別だった。
朝一で渡そうと思って何日も前から考えに考えて用意していたプレゼント。釣りに詳しくない自分が色々調べて、一生懸命選んだルアー。
渡しそびれて時間だけが過ぎていき、気がついたら昼休みになっていた。
はこのまま放課後まで待とうかと考えたが、少しでも早く渡して幼馴染の驚く顔が見たくて、思い切って手塚のクラスを訪ねると、沢山の先客がいた。

普段ならありえないくらいの女の子達に囲まれている手塚を見た時、ツキンと胸に突き刺さるような痛みを覚えた。

そしてそこにいたのは、のよく知っているはずの幼馴染ではなかった。

それでも幼馴染だからこそ分かる、手塚の癖。微妙な表情の変化。
確かにプレゼント攻撃に困ってはいるけど、祝ってくれている事自体は素直に喜んでいる。手塚は嬉しい時や喜んでいる時、一度は必ず、視線が右斜め上に逸らされる。
そしてあの傍目に見れば怖いくらいの硬い表情は・・・照れ隠し。

(・・・だったら素直に受け取ればいいのに)

そう思ったら更に鈍い痛みが襲ってきた。
はこれ以上見ていたくなくて、くるりと背を向けその場から駆け出した。



いつも一緒にいた。

一緒に泣いた。

一緒に怒った。

一緒に笑い合った。

・・・一緒に歩いてきた。



この関係がいつまでもずっと続くと思っていた。
自分の一部のようにさえ感じていた手塚が急に遠い人のように思え、胸が締め付けられるような息苦しさを覚えた。

息が出来ない。
手塚がいないと息が出来ない。

はこのとき初めて幼馴染以上の存在として見ている事に気が付いた。
幼馴染で終わらせたくないと願っている事に気が付いた。
気付いた途端零れ落ちてくる涙。溢れてくる想い。近すぎて見えない、気付かない事は沢山ある。

それでもはこの想いを手塚にぶつける勇気がなく、用意していたプレゼントを一度抱きしめ、気付いた想いごとそっとカバンにしまい込んだ。










―――あれから1年。2人の関係は何も変わらずにいた。
ただ3年になって再び同じクラスになり、一緒にいる時間が増えた事によって1年前とは比べ物にならないくらい想いは募ったが、今こうして相変わらず隣にいる。
それがいつまで許されるか分からないが、今この瞬間を、今日を、大事にしたい。
は勇気のない自分にそう言い訳していた。

(・・・もういっその事誰かと付き合ってくれたらいいのに)

自虐的にそう思う事もあった。
しかし、今いる自分のポジションを見知らぬ彼女に笑って渡す事が出来るのか。そのとき自分は一体どうなってしまうのか。
そんな事を考えながらチラリと隣を歩く手塚を盗み見る。
1年前よりずっと逞しく、男らしく、着実に夢に向かってまっすぐ歩いている。そして眩しいくらいに輝いている。

がその眩しさに目を細めた時、ふと手塚と視線が合った。

「・・・どうかしたか?」
「え?何が?」
「いや・・・泣きそうだから」
「っ!?」

言い当てられての心臓が鳴った。

「ど、どうして?そんな事ないよ?」
「何年の付き合いだと思っている」

そう言うと手塚は視線を下に向ける。は視線を追うと、自分の右手に行き当たってハッとした。
その右手は、手塚の左腕の袖をそっと掴んでいたから。
は真っ赤になって慌てて手を離した。

「お前は昔から泣きたくなると何処かにつかまってくる。無意識にな」

手塚はそう言って優しく笑った。
人前では滅多に笑わない手塚だが、の前では良く笑う。そしてその笑顔は昔から変わらない。
人は変わっていく。でも決して変わらないものもある。
そんな変わらないものの一つ、癖。自分も知らなかった自分の癖。無くて七癖とはよく言ったものだ。
そしてそんなちいさな癖を知っていて理解してくれている手塚に、は涙が出るくらい嬉しかった。

「お前の事ならお前以上に分かっているつもりだ」
「っ!?」

しかしそんな事を言われて黙っていられる訳はなく、は上目遣いに手塚を睨んだ。

「嘘!分かってるはずない!」

の目から涙が零れて落ち、アスファルトを濡らした。
もうこれ以上抑えられそうもなく、今側にあるものを失う覚悟では目を伏せ話し出した。

「・・・このまま幼馴染でいたい。でも、やっぱり無理だったみたい。・・・幼馴染で終わらせるにはこの想いは大きくなり過ぎたよ。・・・私、手塚が―――っ!?」






さっき離した右手を掴まれ引き寄せられたと思ったら、目の前に手塚の秀麗な顔があった。
そしてそっと、ゆっくりと離れていく手塚の顔を、まるで映画のスクリーン越しにボンヤリと見ているようで・・・。まるで他人事のようで・・・。
は状況が把握できず、頭の中は真っ白になっていた。

「・・・やっと認めたな」
「・・・え?」
「去年の俺の誕生日から1年か。長かったな」
「えぇっ!?」

思ってもみなかった手塚の発言に、はますます混乱していた。
つまり、ひょっとしてこれは―――。

「・・・わ、分かってた、の?そ、その、私の気持ち・・・」
「お前は嘘をつく時、必ず右の耳たぶを触る。・・・ここ1年、お前の話はほとんど嘘ばかりだった」
「っ!?分かってたならどうして何も言ってくれなかったのよ!酷い!」

手塚は涙を浮かべたまま睨んで抗議をするを、再び腕の中に閉じ込めてその抗議を強引に封じ込めた。

「意地悪をしたくもなるだろう。俺の気持ちを知ろうとしないで、一方的に幼馴染であり続けようとしているんだからな」
「・・・え?」
「お前が好きだ。

更なる抗議をしようと構えていただったが、手塚のその言葉に力が抜けた。
胸に顔をうずめるような形になっていたので、手塚の鼓動がダイレクトに聞こえてくる。
一瞬は耳を疑ったが、手塚がそう言った時に早まった鼓動が、嘘ではないと告げていた。
はそっと腕を伸ばし、広い背中に回した。

「・・・いつからか、聞いてもいい?」
「・・・子供の頃からだ」
「っ!?そ、それホント!?」
「・・・・・・あぁ」

更に早まった手塚の鼓動を聞き、は嬉しさを噛み締めながらそっと瞳を閉じた。
そういえば、小さい頃はお互い何かあるとこうやって抱きしめあっていた事を思い出す。そうする事で不思議と嫌な事も忘れられた。とても安心出来た。

「・・・手塚。好き。大好き。・・・・・・誕生日、おめでとう」

久しぶりに聞く心地よい鼓動が、素直だった子供の頃まで時間を巻き戻してくれたようで、は自然に気持ちを言葉に出来た。

「これから毎年、ずっとこうしてお祝い言ってもいい?」
「もちろんだ」
「本当に?」
「・・・まだ疑うのか?」
「ううん。・・・あ、そしたら結婚しようね!」
「っ!?」

の口から急にそんな言葉が出てきたものだから、手塚は驚いて口元を大きな左手で覆った。視線は泳いでいて、右斜め上に何度か逸らされる。
頬も心なしか赤みが差していた。

「あれ?返事は?」
「・・・まったくお前は・・・。そういう事は男である俺の方から―――」
「あ〜手塚古い!男女差別だ〜!」
「な、何故そうなる?!」

折角のいい雰囲気もどこへやら。
口喧嘩に発展しつつも、2人とも今までにない幸せそうな笑顔を浮かべていた。

「ね?お父さん達、自分達の思惑通りになったって思うかな?」
「・・・そうだろうな。でもそんな思惑なんて関係ないだろう?大切なのは俺達2人の気持ちだ」
「うん、そうだよね!」
「あぁ、釣った魚に餌をやらないなんて事はないから安心しろ」
「えへへ、餌代かかるよ?」
「覚悟の上だ」
「むっ、何よ〜!」
「それから、リリースは絶対にしない。・・・お前こそ覚悟しておけ」
「っ!?」




すべての事へ感謝を。

この世に生をもたらしてくれた両親に。
生まれてきてくれた事に。
自分と出会ってくれた事に。
・・・そして自分を選んでくれた事に。




暫くお互い見つめあって、どちらからともなく笑い、どちらからともなくそっと顔を寄せあった。
先程の不意打ちのようなキスとは違い、お互い今までの想いを込めて交わす唇は暖かく、はそのぬくもりに再び込み上げてくる涙を止められずにいた。






時間も場所も忘れ幸せに浸っていた2人を見ていた人物がいたが、もちろん気付くはずもなく、

『スクープ!人影まばらな朝の通学路で確かめあった2人の想い!!』
『堅物手塚生徒会長の熱い一面!何年越しの恋?』
『お相手は予想通りの幼馴染!オッズは3倍!I君(3年)に独占インタビュー!』
『どっちが釣ったか釣られたか?!朝まで討論会開催!詳しくは〜〜』
『親も公認!これを機に正式に婚約か?!』
『テニス部K君ショック!失恋の動揺からくるO君とのコンビネーションに課題山積み?!』

写真提供:F君(3年)



後日、こんな華々しい見出しで学校新聞を賑わせた裏には、テニス部メンバーの暗躍があったとかなかったとか。












10.7 Happy Birthday Kunimithu!














言い訳部屋行く?