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桜の花びらが舞い踊る。
短い生を生き急いでいるようで、散り始めると無性に切なくなる。
栞理はピンクに煙る空を見上げて小さな溜息をついた。
再会の約束
「こうして散って行く桜を見ていると、別れの季節って言い方が合っているようで・・・寂しいですね」
少し前を歩く凛とした後姿に届くか届かないかの声でつぶやいた。
ふと足を止めて振り返ってくれるのはちゃんと届いていた証拠。
どんな小さな声でも決して聞き逃さないでいてくれる。
「・・・何故そう思う」
「え?」
「・・・俺がこれから側にいてやれないから、か?」
「・・・・・・・・・」
あまりにも図星で栞理はただ俯くしか出来なかった。
これから旅立つ手塚を応援する気持ちは誰よりもある。
春になったら見送らなければならないと、左手の薬指に光る指輪を受け取ったあの日から覚悟していたはずなのに、今散り行く桜を見ていると感傷的になってしまった。
「あの約束だけでは足りないか?」
「そ、そんな事ないです!あの約束だって、私には勿体無いくらいです!・・・でも・・・」
「・・・なんだ?」
手塚の視線は真っ直ぐ栞理を捕らえて離さない。
大好きな強い意思を秘めた瞳に見据えられるたび、身体中の血が沸騰したかのような感覚に襲われ、栞理を赤くさせる。
それは付き合うようになった今も少しも変わっていない。
「・・・本当は・・・『また明日』っていうような、約束がしたいです」
「・・・・・・・」
普通の恋人同士なら、当たり前のように交わすであろう約束。それが自分達には出来ない。
無理だという事くらい、分かっている。
我侭だという事くらい、分かっている。
それでもそれが、栞理の本音だった。
黙り込んでしまった2人の間に一陣の風が吹いて、お互いが見えないくらいの桜が舞い上がる。
桜吹雪の中1人取り残されたように感じて栞理は急に心細くなった。
でもそう感じた刹那、今だ慣れないスッポリと自分を包みこむたくましい腕を、広い胸を、自分と同じように少し早い鼓動を、恥ずかしいけれど安心する温もりを―――身体中で感じた。
頭の上から囁くような声が聞こえてくる。
「・・・すまないがそれは出来ない」
「・・・・・・分かってます。変な事を言ってごめんなさ―――」
「だが、あの約束を果たす日までずっと帰って来ない訳ではない。・・・俺は、栞理の事に関してはそこまで我慢強くない」
「え?―――っ!?」
あまりにサラッと驚くような事を言われて顔を上げた瞬間、塞がれた唇。
驚いて目を丸くしたのはほんの一瞬。
栞理は、この瞬間の想いのすべてを心に焼き付けようとするかのように、そっと瞳を閉じた。
そんな2人を、柔らかな風が、桜が、優しく包みこんだ。
どのくらいそうしていたか分からなかったが、そっと離れた時には、栞理は随分と穏やかな気持ちになっていた。
(寂しいのは、私だけじゃない。これは自惚れじゃないですよね?)
相変わらず真っ直ぐな視線を向けてくる手塚に、問い掛けるかのような視線を返した。
手塚はその問いを見透かしたように苦笑して、「そうだ」と言う代わりにクシャリと栞理の頭を撫でた。
「明日の約束は無理でも、この約束ならしてやれる」
「え?」
「来年も、その次も・・・必ず一緒に見よう。この見事な桜を」
スッと差し出された大きな手を握り、2人でゆっくりと歩きだす。
短いながらも生きる喜びを精一杯歌いながら散って行く桜が、風のイタズラか、「また来年ね」と言ったように栞理には聞こえた。
言い訳部屋行く?