サラサラサラサラ
時間の砂が上から下へと静かに落ちる。
久しぶりに忍足と2人でゆっくり買い物に出かけていたは、ふらりと立ち寄った雑貨屋で、静かに時を刻む砂時計が目に留まった。
なんだか無性に懐かしくなって衝動的に買い、そのまま忍足の部屋に飾った。
聞こえるような聞こえないような微かな音に、は耳を傾けながらじっとそれを見つめていた。
砂時計
「・・・・・・」
「ん〜?」
「・・・面白いか?」
「ふぇ?」
「そない真剣に見るもんちゃうと思うけど・・・」
買い物から戻るや否や、買ったばかりの砂時計をダイニングテーブルに置いて自らもそこの椅子に座り、何度も何度もひっくり返しては砂が落ちるのを頬杖を付いて眺めている。
忍足は自分の存在すら忘れたかのような彼女に、半ば呆れつつ、そして半ば妬きつつ問いかけた。
「え?あ、違うの!面白いとかそういうのじゃないんだけど・・・見てたらどんどん気になってきて・・・」
まさか忍足がそんな物に妬いているとは、相変わらず鈍いは気付かなかったが、呆れられてるのはなんとなく察し慌てて弁解した。
「は?何が気になるん?」
「えっとね、砂時計って時間を計るものでしょ?最初は、時間のゆっくりした流れが目に見えるのっていいなぁ〜って思ってたんだけど・・・。上の砂が減っていって、下の砂が増えていくのを見てたら、減っていくのが時間か、増えていくのが時間か、どっちなんだろうって・・・」
は「上手く説明できないけど・・・」と少し困ったように笑いながら顔をあげ、忍足を見つめた。
「どないしたん?なんや随分と哲学的やなぁ?・・・なんか悪いもんでも食ったんか?」
「む、失礼ね!」
は小さな子どものようにぷぅと頬を膨らませて横を向いた。
先ほどから様々な表情を見せる彼女の横顔にいとおしげな視線を投げかけた忍足は「たまにはこんな会話もええか」との話にのってみる事にした。
「まぁ時間って目に見えへんからなぁ。普通の針の時計なら一周して終わりやから、増えとる減っとるって感じられへんし・・・まさに砂時計ならではやなぁ」
「でしょ?気になりだしたら止まらなくなって・・・。例えば、編み物してる時は時間が経つと編み目がどんどん増えていって嬉しいから、時間って増えていくように思うんだけど・・・」
「そやけど毛糸玉の方は減ってくやろ?」
「あ、そうか」
む〜と唸って難しい顔をして考え込んでしまっただったが、お手上げとばかりに溜息を付いて「侑士はどう思う?」と小首をかしげて問いかけた。
「せやなぁ・・・俺も時間て増えていくもんやと思うで」
「え?どうして?」
「例えば俺の一生の時間を100として考えて、毎日毎日カウントダウンしてくなんて、なんか嫌やん」
「え?嫌って、それだけの理由?」
「いや、まだあんで?」
そう言いながら椅子に座っているの背後に回った忍足は、身長差の分覆いかぶさるような形で、の右肩に自分の頭を乗せて抱きしめた。
「っゆ、侑士?」
何の前触れもなく突然後ろから抱きしめられては戸惑った。
忍足と触れ合うのはもちろん嫌いではない。嫌いどころかこうしていると心地よくて安心する。
でもそれはいつも突然すぎて慣れる事はなく、はその度に心臓が跳ね上がり息苦しさを覚えていた。
右の首筋に当たる長めの前髪がくすぐったくて思わず身体を捩ったが、抱きしめられた腕は緩む事がなかった。
そんなに構わず姿勢はそのままに、忍足はゆっくり言葉を続けた。
「・・・と一緒に過ごす時間と比例して、楽しい思い出は増えていく・・・どんな小さな事でも積み重なって増えていく。さっきも言うとったけど、増えていくのって嬉しいやろ?」
忍足は顔を上げ右手をスッと砂時計に伸ばし、いつの間にか止まっていた時間を動かした。
「せやから時間は減っていく方とちゃう。増えていく方や」
サラサラサラサラ
時間の砂が静かに真っ直ぐ零れ落ちる。
運命の糸を紡ぐ女神の手から、細く伸びている糸のように。
いつかその糸を女神の手で断ち切られる時が来ても、確かに残る糸が・・・誰かの心に確かに残る何かが、あるように―――落ちて積もった砂はどんどん増えていく。
「・・・そやな。人生はでっかい砂時計みたいなもんやな」
「え?」
「上の砂が全部落ちるまで・・・いや、ちゃうな。下に思い出がぎょーさん積もって溢れるまで―――ずっと一緒におってくれるか?」
「っ!?そ、それ――――っ!?」
思いがけない言葉に驚いたが忍足の顔を見ようと右上を向いた瞬間、顎に手をかけられ重ねられた唇。
今はその先の確かな言葉よりこの温もりに酔っていたくて、はそっと瞳を閉じた。
眩暈がするような長いキスの後の余韻覚めやらぬは、忍足のされるがままに手を引かれて椅子から立たされていて、左手の薬指に触れた冷たい感覚にようやく我に返った。
「・・・え、えぇっ!?」
「売約済みの証拠に、これからずっと付けとってな?」
細く光るシルバーのリング。小ぶりながらも付いているのはこの世で一番硬いと言われる石に違いない。
「いいタイミングで渡せたわ〜」と嬉しそうな忍足を尻目に、は自分の薬指に輝く指輪を、何度も瞬きしながら、信じられない思いで見つめていた。
「あ、やっぱり気ぃ付いとらんかったんやな?さっき買い物出た時に、コレ受けとって来たんやで?」
「い、いつの間にっ!?・・・・・・でもすごい。ピッタリ」
「当たり前やん。氷帝の天才やで?」
「・・・バカ・・・・・・ありがとう」
「好きや。・・・ホンマ、めっちゃ好きや、。絶対に幸せにしたる」
「うん・・・私も。・・・大好き、侑士。2人で、幸せになろうね?」
は先ほどからずっと込み上げてくる涙を隠そうともせず、そして忍足もその綺麗な涙を拭おうともせず、どちらからともなく再びそっと寄り添いあった。
サラサラサラサラ
時間の砂は降り積もる。
沢山の思い出と共に―――。
忍足の部屋に置かれたその砂時計を、が何度目か分からないくらいにひっくり返して時を刻み始めた時、2人の新しい思い出が積もる合図になるのだが、それはそう遠くない未来の話。
言い訳部屋行く?