街路樹の木々はすっかり冬支度をし、枯葉の舞い散る季節になった。
時々足元の枯葉を踏みしめながら慌しく人の行きかう通りを抜け、学校までの道のりを規則正しい歩調を乱す事なく歩いていた忍足は、先ほどからずっと自分の前方を行くよく見知っている後姿を見つめていた。
そんな視線に気付いたのかどうなのか、その人物は不意に立ち止まって振り返り忍足の姿を確認すると、駆け寄ってきた。
―――昔から少しも変わらない、眩しいくらいの笑顔と共に。










て〜つなご。










「おはよう侑士!!」

とても寒そうに擦り合わせた両手を口元に運び息を吐きかけながらも、上目遣いでこちらを見ているの目尻は嬉しそうに下がっている。
どんな時でも笑みを絶やさない彼女に、忍足は同じように微笑み返した。

「おはようさん。寒そうにしとる割りに朝から元気やね」
「どうせそれだけが取り柄ですよ〜だ!」
「俺なんも言うとらんけど?」
「その目が言ってるのよその目が!」

ビシッ!と忍足を指差して小さい口を尖らせて怒っている姿は、年齢より幼く見える。
それでも一筋縄ではいかない曲者ぞろいのレギュラー陣を筆頭に200人にも及ぶ氷帝男子テニス部のマネージャーを勤め上げている手腕は見事で、多くの部員達に信頼と好意を寄せられている。
そんなとはかれこれ6年の付き合いになる。そして2人が彼・彼女として付き合うようになってもうすぐ3年。

(この3年間、あっという間やったなぁ・・・)

テニスに打ち込んで、仲間達とバカやって騒いで。その繰り返し。
2人きりでいた事など数えるほどしかなかったが、それでも楽しかった。
たまに2人きりになると急に意識してか、途端に口数が少なくなるに苦笑してみたり、妬いてみたり。
隣を歩く彼女を見やって、それでも今も変わらずこうして並んで歩ける喜びを噛み締めながら、忍足はふと遠いあの日に想いを馳せた。










出逢いは中学1年の夏。
テニスの腕を買われて見ず知らずの土地へ単身やって来た忍足にとって、テニスで結果を残す事がすべてだった。
多くの者が初等部からの持ち上がりである氷帝学園では、忍足のように途中から入ってくる者にとって決して居心地のいい場所ではなく、それはテニス部内でも同じ事でどうしても疎外感を感じずにはいられなかった。
新入部員の中でもすでに群を抜いてその才能を発揮していた忍足は、部活中いつも1人だった。
誰もが持ち得る訳ではない才能への嫉妬の視線にうんざりし、そしてむしろ好都合だと言わんばかりに自ら一定の距離を置いて、誰にも関わろうとしなくなった。

これで周りの何者にも気を取られる事なくテニスだけに集中できる。

そんな忍足が、練習の合間のわずかな休憩時間に水飲み場へ行こうとした時、同じく1年生の女子マネージャーに不意に目を留めたのは、その少女がこの暑い日差しの中、何故かコートを着ていたから。

―――それは、テニス以外に関心のなかった忍足が初めて他人に興味を抱いた瞬間だった。

忍足の足は無意識にその少女の方へと向かい、フェンス越しに声を掛けた。

「・・・ジブン、この暑いのになんでコートなんか着とるん?」
「えっ!?あ、ビックリした〜!忍足君か〜」

そう言われて、急に声を掛けられた少女以上に驚いたのは忍足の方だった。
この少女とは今日初めて話をする。それどころかお互い面識すらないはず。
新入部員同士とはいえ、200名を越す部員数を誇る氷帝男子テニス部では、名前と顔が一致する者などほんの数名だ。
マネージャーとて例外ではなく、その厳しさからほとんどの者が途中で止めて行くとはいえ毎年数名は入部するから、よほど気に掛けない限り話をする事もない。
自分から声を掛けておきながら、なにやら驚いた顔をして黙り込んでしまった忍足に首をかしげ、暫く不思議そうな顔をしていた少女は、急にパッと顔を輝かせ「あ、ねぇ見て見て!!」とその場でクルリと1回転した。
着ているコートの前ボタンは留めておらず、下から時折赤い色が覗く。

「・・・?」
「えへへ、クリスマスみたいでしょ?」

コートの色は緑。その下から覗く赤い色は多分Tシャツだろう。確かにクリスマスカラーではあるが、一体それがどうしたと言うのだろうか。
忍足はこの少女が何を言いたいのかさっぱり分からず呆気に取られたが、不思議と立ち去ろうとも思えず、ただその場でとても楽しそうに笑うその少女に釘付けだった。

「わーい!はっけ〜〜ん!」
「何してんだよこんな所で」
「あ、皆!どうしたの?」
「どうしたのじゃねーよ。お前こそどうしたんだよ、そのコート」
「これ?榊監督のコートだよ?」
「ゲッ!何で監督のコートなんか着てるんだよ!?」
「・・・暑くねぇのかよ」
「テメェ何やってるんだ。見つかる前にさっさと返して来やがれ」
「だって不思議じゃない?この暑いのにいつも片手にコートを持ってる監督って。だから私が実際に着てみてその秘密を探ろうと思ったの!!」

腰に手を当てて胸を張り、まるで「どう?凄い?!」と言いたげな幼子のような顔をしたに、思わず苦笑するメンバー達。
溜息を付きつつ代表で問いかけたのは跡部だった。

「・・・で?何か分かったのかよ」
「・・・それが全然」
「あはははは!おっかC〜〜」
「・・・激ダサだな」
「何よ〜皆して!」

気が付けばを中心に輪が出来ていた。
その輪にいるメンバー達は、他人と関わろうとしない忍足でも当然知っていた。
レギュラー入りが目前で、2,3年生をすでにその風格と風貌でも圧倒している跡部。
寝ている時と起きている時のギャップが激しい、起きると見違えるようなサーブ&ボレイヤーの芥川。
何かの願掛けか髪を伸ばしだして、それと同時にメキメキ実力を発揮しだした宍戸。
いつも元気で、試合中必要以上に飛びまくり、華麗なアクロバティックで他者をあっと言わせるプレイの向日。
新入部員の中でも、すでにこの4人は別格であった。

「そういえば忍足と一緒だなんて珍しいじゃねーか。何話してたんだ?」

言いながら跡部は忍足をチラリと一瞥した。
忍足が跡部達を知っているように、もちろん4人は忍足を知ってた。
皆が皆必死でレギュラーの座を狙っている中、目立たないようにしているつもりでもその独特の存在感や才能は隠しようがなかった。

「あ、そうそう!見て見て!!クリスマスみたいでしょ!?」

先ほど忍足の前でしたように、その場で再びくるりと1回転したは相変わらず楽しそうに笑っていた。
忍足とは違い、付き合いの長さゆえの言わんとする事を察した跡部は、

「フッ、気の早いヤツだな。イベント好きは相変わらずか」

そう言って口元だけで笑っていたが、テニスをしている時には見た事のない、そして普段からも滅多にしないであろう優しい眼差しをしているのに忍足は気が付いていた。

(へぇ・・・コイツがこんな顔するなんて、な)

「ホントだ〜!!にリボンかけたらそのまんまプレゼントだ〜!ほし〜〜!!」
「コラ!どさくさに紛れて何言ってんだよジロー!!」

練習中はいつも眠そうにしているジローは今はしっかり起きているようで、のその発言にまるで子どものように目をキラキラさせて喜んでいる。
慌てて突っ込んで止めてはいるものの、何を想像したのか少し頬を染めて同じように嬉しそうな向日。

「・・・まぁ確かにクリスマスカラーだな」

4人の中で一番興味なさげに聞いていたように見える宍戸でさえ、の話に乗っている。

に話しかけたのは、ほんの興味本位だった。
しかし、その興味を更に掻き立てる出来事が次々と起こり、忍足はレンズの奥で面白そうに目を細めてそっと笑った。

「ね?そうでしょ!?忍足君ってば何も反応してくれないんだもん〜〜!」
「え〜!忍足って本当に関西人?ノリ悪い〜〜!」
「っておぃ!ちょお待てや!関西人に対する認識間違ごうとるで向日!」

忍足は傍観を決め込むつもりだったが、そこは根っからの関西人。急に自分に話題を振られ黙っていられる訳はなかった。

「でもさ〜俺たちは慣れてるけど、の突飛な行動に反応しないなんてヘン〜〜」
「いや、それはやなぁ・・・・・・あんまりにもツッコミどころ満載でどう返してええんか分からへんかったんや」
「あはははは!マジマジスッゲ〜!リアクション封じ!!」
「なっ、何でよ〜〜!」
「本場のツッコミを返させないなんてやるじゃねーの、あーん?」
「もう!跡部まで何よっ!!」
「・・・やっぱり激ダサだぜ」
「こらっ!!」

いつの間にか忍足自身までも自然にその輪に入って溶け込んでいたと気が付いたのは、休憩終了の合図が聞こえて「岳人でいいぜ!」「俺ジロー!」と話しながら皆でコートに向かって走っている時だった。
ふと振り返ると、手を振ってこちらを見送るの嬉しそうな笑顔があった。

(・・・俺、はめられたんとちゃう?)

が策を弄するようなタイプではないのは、今の短い時間の中でも充分に分かる。
つまりこれらはの無意識の行動。無意識に人を惹きつけて、巻き込んで、丸く治める。ある意味才能だろう。

(天然恐るべしやな)

そう思いながらも、忍足は微塵も悪い気はしていなかった。むしろ忍足自身、こんな切欠を待っていたのかもしれない。
ずっと1人でいたが、1人が好きな訳ではない。
人は1人では生きていけない。ならば本音で付き合える仲間が欲しかった―――。














忍足はいつになく穏やかな優しい顔で、隣を歩くを見つめていた。
その視線に気付いたは顔を上げて「ん?」と不思議そうに首をかしげた。

「いや、なんでもあらへん」
「ふふっ、ヘンな侑士〜」
「ほっとけ。ところで手袋どないしたん?」
「・・・忘れたの」
「またかいな。相変わらず抜けとるなぁ」
「む。それが可愛い彼女に言う台詞?」
「ジブンで言いなや」
「だって誰も言ってくれないんだもん〜」
「なんや、お望みとあらばいつでも言うたるで?」
「・・・イエ、エンリョシマス」
「なんで片言やねん!」
「なんとなく」
「クソクソ!何朝っぱらから夫婦漫才やってんだよ!」

いつまで続くか分からない不毛な会話に後ろから割って入ってきたのは、今はお互い親友と自負出来る存在、ダブルスパートナーの向日だった。

「あ、ガックン。おはよぉさん」
「『おはよぉさん』じゃねーよ!ったく!!おーい跡部〜!侑士のヤツまた見せつけてやがる〜!」
「うわっ!いきなり何告げ口してんねん!」

向日の後ろから、折角の眉目秀麗な顔を不機嫌そうに歪ませて近づいてきたのは跡部。
引退したとはいえ帝王然とした態度はもとより、圧倒的な存在感、オーラは、色褪せるどころか輝きを増しているようであった。

(悔しいけどテニスでは一度も勝たれへんかったなぁ・・・)

そんな事を考えつつも、テニスより大事な存在を勝ち得た事実につい頬が緩む。
忍足の考えている事などお見通しと言わんばかりにダークブルーの瞳がキラリと光り、跡部は更に不機嫌を露にした。

「・・・忍足。いい度胸じゃねーの、あ〜ん?グラウンド走ってくるか?」
「どこぞの部長みたいな事言いなや!そないな事言わんと素直に言うたらどうや?ヤキモチやって」
「バーカ、テメェのにやけた面が鬱陶しいだけだ」
「うわ酷っ!」
「走って来い走って来い。ちょうど身体も温まっていいんじゃねーの?」
「おぃコラ宍戸。なに煽ってんねん。ちょっとは助け舟出さんかい!」
「冗談。そんな激ダサな事出来るかよ」

伸ばしていた髪は短く切られているが、あの頃と少しも変わらない憎まれ口を叩く宍戸に忍足は思わず苦笑する。

「そーそー。忍足にはグラウンド走らせたってお釣りが来るC〜」
「なんでやねん!」
「え〜?だって俺らの、いつの間にか取っちゃったんだもん〜」

このメンバーの中では、気持ちを一番ストレートに言葉にして憚らないジロー。
忍足は出会った当初こそジローのそのストレートさに何度も気を揉んだものだが、の持ち前の鈍さが幸いして肝心な所が伝わっていないと分かるとホッとしていた。

「フッ、甘いでジロー。攻めるん遅いわ」

他のメンバーより出会いが遅かった分、忍足は攻めに転じるのが早かった。
それでも付き合いだすまで3年もかかったのは、このメンバー達といる事が思いのほか心地よかったから―――。

相変わらずテンポのいい皆の会話が楽しくて嬉しくて、クスクスと笑いながら聴いている
いつも気がつけば自然と集まって軽口を叩きあう。それはこの6年間変わらない見慣れた光景。
これが当たり前になったのは、のお陰だった。

(・・・ホンマに随分早いクリスマスやったな)

今改めて忍足はそう思う。
かけがえのない仲間兼ライバルを運んできた可愛らしいサンタクロース。
そのサンタがいなかったら、仲間とのこの関係もまた違っていただろう。ひょっとしたら自分はまだ1人でつっぱっていたかも知れない。
じんわりと心の中に暖かいものが広がる。



テニスをしていて良かった。
思い切って東京に来て良かった。
この仲間達に出会えて良かった。
そして何より―――に出会えて良かった。



そのは今忍足の隣で寒そうにしながら相変わらず手に息を吹きかけている。
忍足はすっと左手を伸ばし、の右手を取った。
の手をすっぽりと包みこむような、少し筋張っている大きな手。

「この方が暖ったかいやろ?」

にっこりと笑いながら、周りにいる皆に聞こえないように小声で言われ、は返事の代わりに少し俯いて、そっと手を握り返した。
はこの季節、特に手をつなぐのが好きだった。
手袋を忘れたと言えば忍足は必ず手をつないでくれる。それが分かっているからはワザと忘れてくるようにしていた。

普段恥ずかしくてなかなか言葉に出来ない想いが、つないだ手から体温と共に伝わるような気がしていたから。

そんなの想いに、氷帝の天才、くせもの等数々の異名を取る忍足が気付いていないはずもなく、本当にささやかで可愛らしいの意思表示がたまらなく嬉しくて、愛しくて―――。
いつもこのまま、つないだ手を引いて抱き寄せたい衝動に駆られていた。

忍足は皆に気付かれない程度に少し歩を緩め、距離をあけた。

「・・・
「うん?」
「あさってやな、イブ」
「うんそうだね!今年もまた景吾の家だよね〜」

そう言ってすでに楽しそうなは相変わらずのイベント好きで。ワクワクとした表情はジローといい勝負である。

「それやねんけど・・・今年は途中で抜けださへんか?」
「・・・え?」
が皆で騒ぐんが好きなんはよう分かっとる。俺もそうや。けど、今年は―――」



2人でいたい。



実の所忍足も手をつなぐのが好きで、その理由もとまったく同じだった。
より数倍言葉にしてはいるものの、大好きな気持ちが、息苦しいくらい愛しい気持ちが、どんどん溢れてきて伝え切れない。
そして今も、やはり肝心な所で不器用で、伝えられない。
忍足は祈るような気持ちでつないだ手にグッと力を込めた。

「・・・・・・」

黙り込んでしまい何の返事もない事に湧き上がる不安。
忍足は半端に長い前髪の隙間から窺うようにを見たが、2人の身長差も相まって表情を窺い知る事が出来なかった。

「・・・あかん?」
「あ、違うの!ビックリしただけ!・・・私も、そう思ってたから・・・」
「ホンマか?」
「うん!・・・・・・嬉しい」

は手を握り返しながらこぼれそうな笑顔と共に忍足を見上げた。

(・・・その笑顔に俺がどれだけ心乱されるかなんて、気付いてへんもんなぁ・・・)

ふと忍足はレンズの奥で悪戯っぽく目を細め、前屈みになっての耳元で囁いた。

「なぁ、もそう思ってくれとったって事は・・・『朝まで』って期待してもええんやな?」
「っ!?」
「反論は無しやで?」
「え?や、ちょっとま――――!?」








「反論は無しや言うたやろ?」

は軽くウインクしながらそう言ってのける忍足を一瞬恨めしそうに見たが、頬がどんどん熱を帯びて耳まで赤くなっていくのが自分でも分かり、無駄な抵抗ながら顔を隠すように俯いた。
ただそれが、忍足の爆弾宣言のせいなのか、不意に落とされた掠めるようなキスのせいなのか、理由までは分からなかった。
そしてそんなに出来る精一杯は、返事の代わりに手を強く握り返す事だけだった。

「ちょっと早いけど誰よりも先に言いたいから今言わせてくれるか?」

忍足はそう言うと、に「何を?」と聞き返す間も与えず引き寄せ、腕の中に閉じ込めた。
そして慌てたが真っ赤になって抵抗する前に、ありったけの想いを込めてそっと告げた。

「メリークリスマス。・・・・・・めっちゃ好きやで」



不器用な恋人達を祝福するかのようにふわふわと雪が舞い降り、2人の熱にあてられたかのように静かに溶けていく。
天気予報では今日から明後日まで雪。このまま積もるのだろう。
また嬉しそうな顔して子どものようにはしゃぐが目に浮かび、忍足は苦笑しつつも抱きしめた腕を緩める事はなかった。



そして後ろを振り返ったメンバーに見つかって引き剥がされるまでそのままを離さないのも、何一つ変わらない忍足侑士の日常のひとコマ。












・・・after that

「なぁ、OKってとったらええんやな?」
「・・・・・・バカ」
「関西人にバカ言うたらあかん!アホ言うてや〜」
「もう!知らないっ!手、離してよ!」
「嫌や。何があってもこの手は離さへん。・・・一生な」
「〜〜〜〜〜〜〜〜!」














言い訳部屋行く?