「あ、そうだ!結局にゃんで俺の事見てたの?溜息までついて」

それから2人はベンチに座って沈む夕日を眺めながら穏やかな時間を過ごしていたが、「忘れる所だった〜!」と菊丸は改めて疑問を投げかけた。

「で?にゃんで??」
「・・・・・・・・・」

は、出来れば思い出して欲しくなかったとばかりに、バツが悪そうな顔をして黙った。

「むむっ!隠し事はダメにゃっ!」
「・・・・笑いませんか?」
「にゃ?笑うような事なの?」
「・・・・・・・・・」
「笑わないから教えろよ〜!気になるじゃん〜!」

好奇心旺盛なところまで猫みたいと思ったが、だからこそ余計に誤魔化しきれないだろうと諦める。「ホントに絶対笑わないで下さいねっ!!」と念を押し、半ばワクワクしている菊丸の顔をチラと見て1つ溜息をつくと、言いにくそうに切り出した。










彼女の視線と溜息の理由ワケ  〜後編 










「・・・菊・・・・・・え、英二先輩ってハミガキ好きじゃないですか。歯医者さんにも定期的に行くって聞いてたし」
「うん、そうだけど。それがにゃんなの?」
「・・・だから、歯医者さん好きなのかなぁ・・・って思って」
「ほぇ?」

突拍子もない話の展開について行けず、大きな猫目を更に大きくしてを見たが、そのまま無言で先を促す。

「・・・・・怖くないのかなぁ・・・・って」
「・・・ちゃん、怖いの?」
「・・・は・・はい。・・・最近歯が痛くって、この近くの歯医者さんに行ったら、親不知だって言われて・・・抜かなきゃいけないんですけど・・・」

は真っ赤になって、菊丸が公園に来た時に見た、あの、辛そうな今にも泣きそうな表情になった。

「英二先輩、平気なのかなぁ・・・とか、そんな事考えてたら、気が付いたらずっと見てたんです。・・・な、情けないですよね?この歳にもなって・・・歯医者さんが、怖い、なんて・・・」
「・・・・・・・・・・・・」

菊丸は最初呆気に取られていた。思ってもみなかったその理由。
しかしその何とも可愛らしい理由に、自分を含むレギュラー陣が振り回されていた事が妙におかしかった。
そして、自分だけが知る事が出来た、彼女の新たな可愛い一面に嬉しさを覚えつつも、それと同時に込みあげてくる笑いを堪えるのに必死になっていた。

「・・・え、英二せんぱ・・・い?」
「ク・・・・」
「?」
「ククッ・・ダ、ダメ・・・・プ〜〜〜〜〜ッ!アッハハハハハハハハ!!」
「?!わ、笑わないって言ったのに〜〜〜〜!!!」
「だ、だって!ププッ!ゴ、ゴメンっ!ちょっ、タンマ!!ヒ〜〜〜〜ッ!く、くるし〜〜〜〜〜!!!」

お腹を抱えて涙まで流して笑っている菊丸を、は真っ赤になって恨みがましい目で見つめていたがプイッと顔を逸らしてベンチから立ち上がり1人で歩き出した。

「わわっ!ま、待ってよ!ちゃ〜〜ん!」
「も、もう!知らないですっ!!」
「怒るなよぉ〜〜〜!だってちゃんがあんまり可愛い事言うからさぁ〜〜〜〜〜!」
「か、可愛くなんかないですっ!!」

赤い顔で拗ねて怒ってもちっとも怖くなく、それどころか益々愛しさが募る。

(くぅ〜〜〜〜!そういう所がまた可愛いいんだにゃ〜〜〜っ!!)

それでもちょっと派手に笑いすぎたのか、かなりご機嫌を損ねてしまったようで菊丸は慌てた。
振り返ろうともせず公園の出口に向かって歩いて行くを追い駆けて、逃がさないように後ろからギュッと抱きしめる。

「ゴメン」

耳元で聞こえる声に背筋がゾクッとする。はその初めての感覚と共に、更に顔が火照るのを感じて戸惑った。

「・・・怒ってる?」

が何も言わないのを気にして―――まるで耳とヒゲが垂れ下がった猫のようにシュンとして―――悲しそうな声で言われて怒れるはずもなく。
それに、元々照れからきていた事だし、菊丸が気になって色々と聞きたくなるような事をしていたのは紛れもなく自身で・・・。

「・・・・・・怒ってないです」

その返事にホッとした菊丸は、そのまま首筋に顔を埋める。
髪の毛があたってくすぐったくて身を捩るが、一向に状況は変わらない。途端に恥ずかしくなりとにかくこの体勢をどうにかしようと、は必要以上に声をあげて菊丸に話しかけた。

「で、でも!1つだけお願いがあります!!」
「うわっ!ビックリしたにゃ〜〜!・・・・って、あれ?」

驚いて抱きしめた腕が緩んだ隙に抜け出す事に成功したは、くるりと菊丸に向き直って楽しそうに笑った。

「えへへ、脱出成功〜〜!」
「あ〜〜!にゃんだよぉ〜〜!お願いだなんて言っといて、逃げただけじゃんかっ!」
「ちゃんとお願いもあります〜!」

そう言ってぺロッと舌を出す。
さっきから実に沢山の、部活の時間では決して見る事の出来ないの表情、態度。
菊丸はそれが自分にだけ向けられていると思うと、どうしようもないくらい気持ちが高ぶってくるのが分かった。そしてちょっと仕返しをしたくなった。
――――好きな子ほど意地悪したくなるのも男の性。
菊丸は「してやったり!」といった感じで笑っているを見て、某笑顔の要注意人物よろしく、ニッコリ笑って言った。

「そっか、分かった!後ろからじゃなくって正面から抱きしめて欲しかったんだにゃ!」
「ち、違いますっ!!!!!」
「に゛ゃ!・・・そんな思いっきり否定しなくても・・・・」

またしてもシュンとなってしまった菊丸に、は困った顔で慌てて近づく。

「捕まえたっ!」
「きゃっ!!・・・あ!嘘だったんですか?!」
「へへ〜〜ん!残念無念また来週〜〜!」
「もうっ!」

結局また菊丸の腕の中に逆戻り。
苦笑しつつも、確かにそれを望んでいる自分もいる。

(・・・どんどん欲張りになっちゃう・・・)


そしてそれは菊丸も一緒だった。

(・・・このまま離したくない・・・)


お互い同じ思いを抱えつつ、ふと視線が絡まって照れくさそうに笑い合う。

((――――もう少しこのままで――――))


夕日の最後の一閃に照らされた2人は、ひとつの長い影を落とした。









すっかり暗くなったので、菊丸はを家まで送る事にした。
他愛無い事を話しながら手を繋いでゆっくり歩いて行く。2人だけの時間を楽しむように。

「・・・さっきの話、他の皆さんには絶対内緒にして下さいね?」
「にゃ?お願いって、それ?」
「・・・そうです・・・」
「にゃははっ!言う訳ないじゃんっ!もったいないっ!!」
「?」

菊丸のセリフに疑問を持って顔を上げる。
そこには、嬉しそうに笑いながら、いとおしそうに自分を見つめる瞳。
その瞳に簡単に慣れるはずもなく、訊ねる声までうわずった。

「な、何がもったいないんですか?」
「だって!こ〜〜〜〜んなに可愛いちゃんの事、俺しか知らにゃいんだもん!聞かれたってぜ〜〜〜ったいに教えてやんないもんね〜〜!!」

そう言うと繋いだ手をブンブン振って、耳まで真っ赤になったを見つめて楽しそうに笑った。













翌日、いつも以上にテンションの高い菊丸に皆が気付かない訳はなく(本人も浮かれていて抜群の演技力など皆無だったが)当然集中砲火を浴びていた。
部室の隅に追い詰められた菊丸は、16の瞳に睨まれてさすがに背中に冷や汗をかいた。

「・・・・・・説明してもらおうか。事と次第によってはグラウンド100周じゃきかんぞ」
「クスッ。珍しいじゃない手塚。君がそんな感情的になるなんてね」
「・・・・・・・・」
「・・・はぁ。・・・やっぱり手塚も本気だったのか」
「乾、データはずしたね?ちゃんの事、英二しっかり気付いてたし。見事に抜け駆けしてくれたよ?」
「ああ、まさか菊丸にあんな演技力があるとはね。意外だったよ。テニスで培った集中力をその方面でも発揮出来るとは・・・いいデータが取れたよ」
「それにしても英二―――僕を出し抜くなんてね。フフッ」
「ふ、不二。でもこういう事は出し抜くとかの問題じゃ―――」
「何?タカさん?」
ぬぅうおぉぉぉおぉ〜〜〜〜〜〜〜〜!!俺のちゃんに手ェ出すとはゆるさ〜〜〜〜〜ん!!表へ出ろ英二ィ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!
「不二先輩!何ラケット渡してるんスか!タカさん!落ち着いてっ!!」
「って言うか河村先輩のものじゃないし」
「越前・・・1人冷静になるなよ」
「俺まだ諦めた訳じゃないっスから」
「へへ、やっぱり。それでこそ越前だよな」
「桃先輩はもう諦めたんスか?」
「・・・それはどうかな?」
「・・・クセ者の笑みっスね」
「・・・・・引き際ってヤツを知らなねーなテメェは」
「んだとマムシ?!あんなに諦めの悪いねちっこいテニスするテメェに言われたくねぇよっ!」
「誰がマムシだっ!やんのか?あぁ?!」

いつの間にやら菊丸の追求より内輪揉めになり収拾がつかなくなった時、部室のドアが開いた。

「・・・あれ?皆さん集まってどうしたんですか?」
「「「「「「「「っ!!」」」」」」」」
「え?あ、お取り込み中・・・でしたか?」

いつまでたっても部室から出てこないレギュラー陣の様子を見に来たは、只ならぬ雰囲気を感じて戸惑った。

「・・・ちゃん・・・」
「な、何ですか?不二先輩?」

代表して近づいてくる不二の瞳は開かれていた。その青い瞳に見据えられては思わず後ずさる。

「英二に何かされた?」

いきなり直球を投げかけられ、昨日の出来事が走馬灯のように甦ってきて、ボンッ!と一瞬で真っ赤になった
それを見て皆確信した。「何かがあった」と。
一斉に振り返るが、そこにはすでに菊丸の姿はなかった。

「「「「「「「「
菊丸(英二(英二先輩))!!!」」」」」」」」
う゛に゛ゃっ!!

隙を見て抜け出したはいいけれど見つからないはずはなく。
それからチャイムが鳴るまで追いかけっこと言う名のランニングが続いたのは言うまでもない。
は少し恥ずかしそうに顔を赤らめながらも、人数分のタオルとドリンクを持って皆を出迎える為に部室を後にした。



彼女の視線と溜息の理由――――
     ――――それは2人だけの甘い秘密








=おまけ=

ちゃ〜ん!歯医者にはちゃんと付いて行ってあげるからにゃ〜〜♪」
「///////」
















言い訳部屋行く?