はぐれたフリをして

抜け出した2人だけの秘密





「わっ!」

ぐらっと揺れた電車に

思わず体のバランスが崩れる

「‥‥大丈夫ですか?」

人の波に流されそうになった私の腕を掴んで

ぎゅっと引き寄せられる

「うん‥‥大丈夫」

へへっと笑ったら

ちょっと安心したように手塚君も笑う

「でもこの時間はいつも混むね」

腕にしがみつくような形で立つ私に

少し遠慮しながら触れる手

「‥‥先輩はよく三年間無事で‥‥」

「‥‥ちょっと、それどういう意味?」

「別に他意はないですが」

「絶対嘘だ!私がどじだって言ってる」

「言ってない」

「言って‥‥きゃ!」

電車が駅に着いた途端に

圧迫感が増す

「‥‥手塚君、ごめんね」

「‥‥何が?」

ドアが閉まって

少しはましになるけど

やっぱりぎゅうぎゅうには変わりなくて

「だって‥‥ねえ?」

「‥‥‥?」

顔を上げることも出来ないから

手塚君の表情は見れないけど

きっと眉間にシワだろう

「私、おもいっきり手塚君に引っ付いてるもん」

「この状態では仕方ないでしょう?」

「でも‥‥」

「‥‥俺は、先輩と登校してよかったと思ってますが?」

「え?」

少し出来た空間で顔を上げれば

「‥‥他の奴には譲りたくないですから」

耳元で囁かれる声

「っ!」

思わず耳を塞ぎたくなる衝動にかられるけど

手を上げることができない

「‥‥手塚君、性格悪くなった」

「そうですか?」

「そうよ。先輩をからかうだなんて」

高3の私と高1の彼

中学の時はただの先輩と後輩だったのに

今ではそれだけじゃ収まらない関係

「あ‥‥そうだ。手塚君聞いた?」

「なにをですか?」

「今日の部活の後、みんなでカラオケに行くって話」

「‥‥ああ」

「‥‥おもいっきり苦手だって声してる」

顔見なくても

それくらい分かる

「‥‥先輩は行くんですか?」

「そのつもりだったんだけど‥‥手塚君が行かないなら止めとこうかな」

「‥‥‥」

「あ、やっと駅ついた〜」

人が降りて

同じように降りていく途中に見た彼は

困った顔

だって手塚君がいないなら意味ないんだもの

私には

あなたとの時間が一番大事なんだから





付き合いだして

二つの差がとても重く感じた

だって

一緒の学校にいれるのは一年だけなんだもの

それに

彼はもてるわけで‥‥

『悪い。少し遅れる。先に食べといていいから』

先ほど来たメールはそれだけの内容だったけど

どうして遅れるのか

その理由は言わなくても分かっている

「‥‥先に食べれるわけないじゃん」

彼への告白がまったく減らないのは

きっと、私と彼の関係にも問題があるのだろう

確かに付き合ってはいるが

手塚君は付き合いだしてからも敬語だし

お互い学年が違うからなかなか学校では会えなくて

部活だって

帰るときはみんな一緒だ

つまりは

付き合ってることがあまり知られていないのだ

だからといって

今の関係が嫌なわけじゃない

だけど

もう少し、独り占めしたい

「あれ?さんじゃん」

「あ、久保田くん」

屋上のドアが開いて

入ってきたのは私の待ち人じゃなく

同じクラスの久保田くんだった

「どうしたの?誰か待ってるの?」

「うん。待ちぼうけくらってるの。久保田君もここでお昼?」

「ああ。バスケ部のやつらと。俺は買い出し」

よく見れば袋に沢山の缶ジュース

「そうだ。さんさ、今日のカラオケ行くの?」

「え?」

「実はバスケ部も参加するんだ」

「そうなんだ。でも私は‥‥」

「俺‥‥さんがいるから行こうと思ってるんだけど‥‥」

「え‥‥?」

「あ!なんでもない!じゃあまたな!」

「???」

どういう意味?

首をかしげてる私に

「‥‥先輩」

「あ、手塚君。終わったの?」

少し不機嫌そうな手塚君が声をかける

「‥‥今のは?」

「同じクラスの久保田君。今日のカラオケ、バスケ部も行くんだって」

「‥‥‥」

「?手塚君?どうかした??」

「‥‥いえ。それよりあっちで食べましょうか」

「うん。なんか不機嫌だね」

そんなことない

そう言いながらも掴まれた私の手は

痛いくらい力が込められていた

「‥‥今日のね、玉子焼きうまく出来たの」

「‥‥?」

「‥‥そんな不機嫌な顔してたらお弁当あげないよ?」

そう言ったら

やっと表情が緩んだ

「それは困る」

「でしょう?」

「‥‥もし、俺がいらないと言ったら先輩はその弁当どうするんですか?」

「え?‥‥うーん、一人で食べちゃうかな」

「‥‥‥」

「あ、また笑った!なによう。私変なこと言った?」

「いえ‥‥なんでも」

そう言いながらも笑ってるし

ほんとに綺麗に笑う

こんなとこ女の子が見たらまたファンが増えちゃうよ

「とにかく召し上がれ!」

「いただきます」

ちゃんと手を合わせてからふたを開ける

どれから食べてくれるのか気になって

少し乗り出した身

「‥‥‥?」

「‥‥や、どれから食べるのか気になって」

「‥‥そうですね」

彼が最初に触れたのは

お弁当ではなく

「!」

私の唇

「手、手塚君!!」

「そんな無防備な顔してるほうが悪いんですよ」

「っ!やっぱりお弁当返せ!!ばか!!」





「では今日はここまでです」

「「お疲れ様でした!」」

大和の声で部活の終了が告げられる

ばらばらに片づけをしていく部員

はこの後のカラオケは参加するのですか?」

「んー。悩み中。大和は?」

「僕はこういうの苦手なんですけど‥‥
部長が行かないって言うのはどうかと思って‥‥はは」

「誰かさんと同じこと言ってる。私も少しだけ行ってすぐ帰ろうかな」

はカラオケ嫌いでしたっけ?」

「ううん、好きよ。でも‥‥ちょっとね」

曖昧に笑ってその場を去る

きっと感のいい大和のことだ

その理由に気づいてはいるんだろうけど

着替えて校門に行ってみれば

案の定というか

手塚君は女子テニスの子とかに囲まれていて

聞こえないように小さくため息をついた

「‥‥さん?」

「え!?わ、久保田君。びっくりした」

「ごめんごめん。ため息なんかついてどうかした?」

「や、別に。ちょっと疲れたなって」

「テニス部の練習量も半端じゃないしな。マネージャー大変じゃないの?」

「うん。正直大変かな」

でも、苦じゃない

手塚君のプレイを一番近くで見れるし

「今年は‥‥大和と手塚君と‥‥みんなで全国に行くんだ。
だから‥‥私だけ弱音はけないもの。もっとしんどいのはみんなだし」

「‥‥‥」

カラオケは駅の傍にのところに行くらしく

人通りの多い交差点をわたる

「これだけ人が多いとはぐれちゃいそうだね」

「大丈夫?さん」

「うん。なんとか‥‥」

帰宅途中の人ごみに飲まれそうになってしまう

目で追ってたはずの手塚君の姿もないし

信号を渡りきったとこで

「!?」

ひかれた右手

思わず出そうになった声を

「俺だ」

そう言われた途端に飲み込む

「て‥‥」

唇に押し当てられた人差し指

「‥‥抜け出しませんか?」

「え?」

「‥‥はぐれたフリをして‥‥」

言いたいことが分かって

深く頷く

「連れてって」

「ああ」

そのまま、人並みに逆流して走る

何だかわくわくして

いつもの道なのに違う景色に見えた





「どこ行くの?」

「行きたいところは?」

「手塚君がいるならどこでもいい!」

「‥‥よし!」

お互い繋いだ手に力を込めて

離れないってその体温で語る

「わあ‥‥」

「来たことなかったですよね、夜の海‥‥」

「うん!」

「ちょっと風が強いですが‥‥」

「いいの。手塚君が風よけになるから」

「‥‥は?」

おもいっきり飛びこんだ彼の胸

ぎゅっとまわした腕に力を込める

聞こえる音は

波の音と

風の音と

彼の心臓の音だけ

それだけでいい

それだけでも伝わるものがあるから

「‥‥さっき、先輩の姿が見えなくて本当はあせったんだ」

「え?」

「もう‥‥離れるな」

「‥‥手塚君?」

「‥‥余裕がないな俺は」

「そんなこと‥‥」

抱きしめる腕の強さに

思わず顔をしかめてしまう

「手塚君‥‥痛い‥‥」

「‥‥‥」

「離れないから‥‥」

緩んだ力のおかげで

やっと顔が上げれる

「私ね、ほんとは手塚君は私の彼氏だって大声で言いたいんだよ?
もっともっと独占したいんだよ?」

‥‥」

「余裕なくてもいい。その気持ちが嬉しいもの。
余裕がないのは私も一緒。小さいこと気にしちゃって」

年なんて関係ない

大切なのは

相手をどれだけ好きかってこと

本当は分かってるんだけど

時々不安になるから

だからたまには言葉にして不安を消して

「ぜーーーったいに離れないんだから」

「‥‥ああ」

ふっと笑った手塚君を

「!」

突き飛ばして

!」

抗議の声におかしくて笑ってしまった

砂の上に膝を突いて目線を合わせる

「‥‥好きだよ」

「っ!」

砂浜に投げられた眼鏡

それを拾うのは

もう少ししてからのこと
















いつもお世話になっている『sugar box』の奈緒さんから、サイトオープン記念に頂戴いたしましたっ!
もう、手塚が可愛いっ!!年上相手だとさすがの手塚も余裕ない所がまた何ともvv
でも眼鏡は大切に(笑。しかし、眼鏡を取ったりかけたり直したり投げたりって、萌っ!(笑
奈緒さんの書かれる手塚、大好きです〜〜〜!
本当に素敵なお話をありがとうございました〜〜〜!