静かな部屋に響く小さな寝息。
早くなる脈と震える腕。
ベッドの上にそっと手をついて。
吸い込まれるように唇を寄せる。
もう少しだけ。
夢から醒めないで。
まだこの想いは、秘密にしておきたいから・・・。
彼女が寝てる間に
(き・・・緊張した・・・・・)
は人差し指でそっと唇をなぞった。
まだ残るやわらかな感触と温もり。
愛しい人の寝顔。
そして甘い香り。
は頬を緩ませながら、学校への道を歩いていた。
「!ちょお待て!」
すっかり余韻に浸っていたは、突然背後から大声で呼び止められた。
振り返ると、忍足がすごい形相で走ってくるのが見える。
追いかけられれば逃げたくなるもの。
さきほどのこともあり、はなぜか反射的に走り出した。
「や・・やだ。もしかしてバレてた!?」
まだ寝ている忍足にキスをしたなんてことがバレたら。
これほど恥ずかしいことはない。
は全速力で走り学校の正門を抜けると。
目の前を歩いていた向日の腕に勢いよく抱きついた。
「うわっ!???」
「助けて、がっくん!」
くるりと向日の身体を回転させ、たった今通ってきた正門の方へと向かせる。
自分は向日の背中に隠れ、走ってくる忍足を見つめた。
「・・・何したんだよ、」
「別に何もしてな・・・くもないけど・・・」
「寝込みでも襲ったのか?」
「違うわよ!(違わないけど・・)」
「何だ。告白できないから既成事実でも作ろうとして失敗したのかと思ったぜ」
「と、とにかく。あのすごい顔した侑士を何とかしてよ!」
「朝から面倒くせぇな・・」
向日は呆れたように溜め息を吐いた。
「岳人・・そこ退け」
「・・どうかした?」
「どうもこうも、のやつ起こしもせんかったくせに目覚ましのアラーム止めやがって・・・
俺に遅刻させたろうっちゅう魂胆がみえみえや」
「お前・・・そんなことしたのかよ?」
益々うんざりした顔の向日が訊ねると。
は向日の背中で真っ青になっていた。
(しまった・・・解除したままだった)
起きてほしくないがために、アラームを一時的に解除していた。
自分の行動のあまりの恥ずかしさに、それをまたセットし直すのを忘れて家を出てきてしまった。
「わ・・私、今日は侑士の家に行ってないよ?」
「嘘つくな!おかんが『ちゃん、今日は何や慌てて家を飛び出していったけど何かあったのかしら?』って言うとったで!」
「幻覚見たんじゃないかな・・」
「もうええわ。お前、今日夕食当番決定や」
「は?」
「何や聞いてないんか?今日誰も家におらへんて」
忍足が、何やら含み笑いをしながらそう言うと。
は向日の背中に倒れ込んで、しばらくの間放心していた。
と忍足は同じマンションに住んでいる。
父親は同じ病院の医者であり。
母親同士も仲がいい。
そんな関係で二人は入学当初からの友達なのだが。
いつの頃からか、は忍足を異性として意識するようになっていた。
今の関係を壊したくなくて隠してきた想い。
今朝こっそりキスしてしまったことを思い出すと。
とても二人きりで留守番などできそうもなかった。
「がっく〜ん」
「んー?」
「今日うちに泊まりに来ない?」
「ぶっっ!?」
部活が終わり、ジュースを飲みながら帰ろうとしている向日を呼び止めて。
は胸の前で両手を組み、縋るような目でお願いした。
向日は突然のことでジュースを噴出し顔を顰めている。
「お、おま・・何言ってんだよ!?」
「だって、侑士と二人きりなんて堪えられないんだもん」
「いいじゃん別に。は侑士が好きなんだろ?」
「それはそうだけど・・・」
「?」
「実は・・・・」
は向日に今朝のことを話した。
「私、意識しすぎて自然にできないと思うの。それにまだ侑士に好きだってこと知られたくないし」
「・・・・けどさ。それだといつまで経ってもお友達だぜ?」
「・・・うん、わかってるけど・・・・」
「・・・仕方ねーな。泊まりに行ってやるよ」
「ほんと?」
「その代わり、きっかけ作ってやるから告白しろよな」
「えっ!?」
「最近隣りのクラスの女が侑士に近づいてるらしいし。
早く告白してすっきりした方がいいだろ?」
は暫く考え込んでいたが、コクンと頷いて向日を見上げた。
「―――で。岳人は何でうちに泊まりにくるんや」
帰り道で忍足が不満気に向日を見ると。
が慌ててフォローする。
「私が誘ったの。侑士と二人きりだと危ないと思って」
「お前なんか襲わんわ」
「むっ・・」
「まあまあ。それよりって料理できんの?」
「できるわよ。失礼ね」
「の取柄っちゅうたらそれくらいや」
「ふーん。侑士って、結構のこと詳しいんだな」
「そら1年のときからの仲やし」
何を今更。とでも言いたげに、忍足は首を傾げる。
すると向日は、をチラリと見て忍足にこう言った。
「だったら、のファーストキスの相手が誰か言ってみそ?」
自宅に戻ると、忍足は悶々とした気分でソファーに座っていた。
(のファーストキス?・・・相手はどこの誰や!)
少し苛々したように顔を歪めると。
何を思ったのか、ソファーでくつろいでいる向日を睨む。
「な・・何だよ?」
「岳人、お前・・・」
(いや・・・岳人が相手のはずあらへん。だいたい岳人とが仲良うなったんは”あの日”より後や・・・・。
せやけど、何で岳人はのファーストキスの相手なんか知ってるんやろ)
忍足がもう一度向日のいるソファーへ目をやると。
そこにいたはずの向日は、いつの間にか来ていたとキッチンに立っていた。
(あの二人・・・そういえば、最近いつもこそこそ内緒話しとったな・・・・。やっぱり相手は岳人なんやろか・・・・。
は”あの日”のことは知らんはずやし・・・)
「侑士、何ぼんやりしてるのよ?いい加減部屋行って着替えてきたら?」
「ああ・・・」
忍足は小さく返事をすると自分の部屋へと入って行った。
暫く夕食の準備に夢中になっていたは、時計を見て首を傾げる。
忍足が部屋に行って30分。
未だ忍足は戻ってきていなかった。
「侑士・・どうしたのかな」
「気になってんじゃねーの?のキスの相手」
「そ・・そうなのかな?だったら嬉しいんだけど・・・」
「多分、侑士ものこと好きだな」
「えっ//////」
「この調子なら、侑士の方から言ってくんじゃねーか?」
向日が確信したように言うと、は顔を真っ赤にして笑う。
そこへ着替えを済ませた忍足が部屋から出てきた。
「・・・・・、顔が赤いで?」
「えっ・・あ・・・/////」
忍足が誤解しているとも知らず、向日を見て益々顔を赤らめる。
「俺、ジュースか何か買ってくるわ」
「あ、じゃあ私も行く。買い忘れがあったから」
「ええよ。俺がついでに買ってくる」
を手で制するようにして、忍足は財布を持って家を出て行ってしまった。
「なあ・・・侑士のやつ。何か勘違いしてんじゃねーか?」
「・・・うん」
それから1時間以上経っても、忍足は戻ってこなかった。
買い物袋を片手に、忍足は公園のベンチに座っていた。
ついでに買っておいたジュースを飲みながら、携帯電話の画面に目をやる。
「もう2時間か・・・・」
そう思いながらも、身体がベンチに縫い付けられたように動かない。
(まさか岳人に先越されるやなんて・・・)
目を閉じると、顔を真っ赤にしたの顔が浮かんで切ない気分になった。
〜〜♪
不意に携帯電話の着信音が鳴った。
忍足は名前を確認すると、溜め息をついて電話に出る。
『あ、侑士?俺今から帰るからな』
「は?何言うてんねん」
『急用ができたんだよ。一人じゃ心配だろ?早く帰って来いよな?じゃーな』
ブツッ・・・
ツーツーツーツー・・・・
「何や岳人のやつ。一人残して帰るっちゅうんか」
忍足はベンチから腰を上げると、急いで家まで戻った。
玄関のドアを開け足早にキッチンへ行くと。
岳人どころかの姿もなく、テーブルの上には2人分の料理が並べられていた。
家の中を探し回ったが、誰もいない。
忍足は持っていた買い物袋を置くと、の家へ行った。
「あれ?侑士帰ってきたの?」
玄関のドアを開けたは、何事もなかったように忍足を見る。
風呂にでも入っていたのか、の髪は濡れていた。
「・・・何や、自分落ち込んでるとばっかり思とったのに」
「どうして?」
「そら・・・・岳人が帰ったからに決まってるやろ」
「あのさ・・・侑士何か勘違いしてない?私ががっくんを好きだとか」
「・・・」
「やっぱり・・・・。がっくんは友達だよ?」
「・・・・・・・・・・・せやったら、ファーストキスの相手って誰やねん」
「・・・気になる?」
「・・・気になる」
「・・・・・どうして?」
「・・・それは・・・やな・・」
忍足はから視線を逸らした。
(今更好きやなんて・・・よう言われへんし・・)
第一、告白する前から振られているも同然なのだから。
「は・・・ファーストキスの相手が好きなんか?」
「・・うん」
「それやったら・・もうええわ」
「侑士・・・」
「腹減ったし、メシ食うで?」
「侑士・・あのね」
「もうええて。今まで隠してきたんは、俺には知られとうないからやろ?無理して話さんでも・・」
「もう!人の話を聞いて!!!」
突然声を荒げたに、忍足は驚いたように目を見開いた。
「な・・なんやねん。いきなり大きな声出して」
「・・・侑士に・・知られたくなかったわけじゃないの。ただ友達の関係を壊したくなかったから・・・」
「・・・え?」
「私のファーストキスの相手は侑士なんだもん」
「・・・・・・・・・・・・・い・・いつ?」
「・・・・今朝」
「・・・は?」
「・・・今朝・・・本当は侑士を起こそうと思って部屋に行ったの。でも、すごく気持ち良さそうに寝てたから起こすの可哀想になって。
それでじっと見てるうちに・・・なんか魔が差したっていうか・・・・。気づいたら寝てる侑士にキスしてて・・・・」
そう言いながら、今度はが視線を逸らす。
「なんや・・・俺。今まで自分にヤキモチ妬いとったんか・・・・」
忍足はそう言うと、そっとを抱き寄せた。
「ああ、大丈夫や。夕飯も食ったし、もよう寝とる。ああ、おやすみ」
夜遅く、忍足の家に母親からの電話があった。
父親たちは揃って病院に泊まり込み。
母親たちは女同士の友情を深めるとかでホテルで羽を伸ばしているという。
忍足は受話器を置くと、リビングの電気を消して自室へと向かった。
ドアを開けると、ベッドの上で安心しきったかのように眠っているの姿。
「今朝のがにとってのファーストキスやったとしたら・・・・。
ほんまのファーストキスとはちゃうねんけど・・・・」
忍足は苦笑いしながら、あの日のことを思い出していた。
それは1年前の暑い夏の日。
冷房の効いた涼しい部屋で、は何となくベッドに横になっていた。
宿題をしにきたはずだったのだが、部活に行っていた忍足が帰ってきたとき。
は待ちくたびれて眠ってしまっていた。
静かな部屋に響く小さな寝息。
早くなる脈と震える腕。
ベッドの上にそっと手をついて。
吸い込まれるように唇を寄せる。
もう少しだけ。
夢から醒めないで。
まだ、この関係を壊したくないから。
「・・・なんや、考えることは一緒っちゅうことか・・・。のやつ・・ほんまのこと知ったら怒るやろな」
忍足はそう呟くと、そっとの髪を撫でながら。
あの日と同じように。
優しい口づけを落とした。
END
咲良さまのサイト『キミのとなり』70000打記念でフリーになっていた忍足夢を強奪して来ました!
なんて素敵なおっしーでしょう!!おっし〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!(萌>うるさい
自分で自分に妬く、そういうシュチュエーション大好きです(笑(お
あちこちのサイト様で読むおっしーに、なんだか最近やられっぱなしです・・・どうしましょう?(^^;
咲良さま、素敵なお話ありがとうございました!