気がついた時には私はもうこの人に恋に落ちてたんだと思う。
とくんとくんっと胸が高鳴った時のことは覚えているのにいつから目で追っていたのか、話せて嬉しかったのかなんてことは覚えていない。
好きな部分が多すぎて、「どこが好き?」ときかれても答えられない私は相当、この人のことが好きなんだと思うと思わずそんな自分自身に苦笑してしまう。
恋と呼ぶには少し足りなくて、愛と呼ぶには少し大げさなこの気持ち。
それが私の心の中を埋め尽くして止むことがないのだ。
「ちゃん」
「忍足!あの――」
「跡部やろ?」
「……うん」
言う前に用件が分かられてしまうとちょっと恥ずかしくて、私は俯きながら小さな声で肯定の言葉を呟いた。
そんなに跡部跡部って言ってるかな?ってちょっと考えてしまったんだけど……確かに言ってるかもしれない。
そう自分で自覚してしまうと余計にまた顔が熱くなってくる。
「跡部やったらまだ一人でコートで打ってるわ」
「え?一人で?」
「ああ。……気持ちが高ぶってるんかも知れへんな」
「……そっか。私、行かないほうがいいかな?」
「いや、行ってやり。そのほうがあいつのためにもええと思うから」
そう言った忍足は私の頭に軽くぽんっと手を置くと、ひらひらと手を振って歩いていく。
それ以上は何も言わなかったけれど忍足は私に気を使ってくれたんだろう。そうじゃなかったらいつもと様子の違う跡部を置いて帰るはずなんてない。
私はぼんやりとそんな忍足の背中を見送ると、彼と反対側に向かって足を速めた。
もうすぐ関東大会が始まる。
全国制覇を目指す氷帝にとって関東大会はその通過点でしかない。
だけど、その初戦の相手は跡部にとって特別な存在のようだった。
青春学園のテニス部部長、手塚国光。
口には出さないけれど、跡部は彼との試合を楽しみにしているようだ。
ずっと跡部のことを見てきたから。それは間違いないとちょっと自信がある。
「あ……!」
軽快な音が聞こえてきて跡部がまだ打っていることはその音だけで分かった。
私は速めていた足を元に戻して、息を整えるように深呼吸を繰り返す。
走ってきたことがばれたらまた跡部にからかわれてしまうかもしれない。
『バーカ。そんなに俺に会いたかったのかよ』
そう言う跡部が想像できて私は緩んでしまいそうになった口元を慌てて固く結んだ。
跡部に会ったらなんて言おう?
名前を呼んで、まだ続けるのか聞いて、続けるつもりなら横で跡部の気がすむまで待とう。
そう思っていたのに―ー。
「っ」
その真剣な表情に私は身動きさえ取れなくなってしまった。
ボールを追う瞳。グリップを握る力強さ。額を流れ落ちる汗と乱れた息。
その全てに捕らわれて、吐き出しかけた彼の名前さえ飲み込んでしまった。
ああ、そっか……。
跡部はずっとこの日を待ってたんだ。
そう思ったら跡部を見つめる視界が少し滲んでしまう。
『俺は叶えられない夢なんて口にしないからな』
そう言った跡部の口から出た全国制覇の夢。跡部は今までそれに向かってずっと頑張ってきてた。
口に出したり、弱いところを見せたりするような人じゃないから多分、誰も知らないところで、人の何倍も。何倍も。
ボロリと涙が零れたせいで一瞬だけ視界がクリアになる。
私には跡部がどんな気持ちでその夢を叶えようとしてたのかも、どれだけ辛かったのかも分かってるなんて大きなことは言えないけれど。
だけど、今の跡部がどれだけ嬉しいのかは分かる気がする。
だって今の私はまるで自分のことのように嬉しくて仕方ないんだ。
でも、嬉しい反面、跡部が遠くに行ってしまうような寂しさもある。
跡部のことが認められて、有名になったらきっと跡部は私なんかが手の届かないところに行ってしまうのだろうから。
だけど――。
そうだとしても、私は跡部の背中を押すんだろう。
応援し続けるのだろう。
跡部が夢を叶える姿が見たいから――。
「?」
「あ……」
「何…泣いてんだよ」
少し驚いたような跡部の声に私は慌てて零れそうになった涙を拭う。
もうそんなことをしても無駄だとは分かっているけど泣き顔はやっぱり恥ずかしくてできることなら見せたくない。
「な、泣いてなんか……」
「どこがだよ」
呆れたような声の中にある優しさ。それがまた私の胸の奥をぎゅっと掴む。
ラケットを握っている手と反対の指で弾かれた涙の後をまた辿るように一粒の涙が零れて、私はそれを手の甲で慌てて拭った。
ああもう。せっかく止まりそうだったんだけどな。
跡部がそんなことをするから、また止まらなくなりそうだ。
「で?何で泣いてるんだよ?」
「わ、分かんないよ」
「は?」
「跡部の姿見てたら……急に溢れてきて……」
「………」
泣いている理由なんて私が知りたいくらいだ。
分からないけどなんだか胸がいっぱいになって涙が零れてきたんだから。
――だけど。
だけどほんとはちょっとだけ、その理由は分かってる。
跡部への溢れるくらいの想い。それが私の胸をいっぱいにしてるんだ。
「色々、考えてて……跡部の頑張る姿とか私、見てきたから…。だから…夢に向かって踏み出したんだって思ったらなんだか嬉しくなって……」
「………」
「気づいたら泣いてたの。ほんと……自分でもおかしいって分かってるんだけど止まらな――」
「バカだな、お前」
カランカランとラケットが落ちた音が二人しかいないコートに響き渡る。
鼻を掠めた大好きな香りと安心できる体温。そして、優しすぎる程の声色に瞳をゆっくりと閉じると、睫毛を濡らしていた雫がラケットと同じようにコートに落ちた。
「跡部……」
「そんなことで泣いてたのかよ」
「……しょうがないでしょ。だって……」
「泣いてて見逃してもしらねーぜ?」
「え……?」
「俺がそれを叶えていく姿、見逃す気かよ」
からかう様に。それでいて私を泣き止ますように。
跡部は視線を合わせて、小さく笑う。
「ちゃんと見てろよ。俺の姿を」
「跡部……」
「余所見なんてさせてやらねえ。一瞬だってな」
余所見なんて出来るわけ無いじゃない。
私の心の中全てを埋め尽くしているのは間違いなく跡部なんだから。
今までこんな風に泣いたことなんてなかった。
これほど、人を好きだって思ったことだってなかった。
あなたに出会えて、好きになって。
それがどんなに特別なことなのか。こういう瞬間に思い知るんだ。
「跡部」
「ん?」
「私、跡部のことずっと見てていい?跡部のこと、ずっと想ってていい?」
「そんなこと、許可取るようなことかよ」
「だって……」
「お前の好きなようにしろよ。お前ならなんだって許してやるよ」
想いがどれだけ重いのかとか深いのかとか量るものなんて存在しないけど。
だけど、私のが一番だって胸を張れるほど私はこの人を好きな気持ちは誰にも負けないと思う。
「うん……そうする」
「ああ。ご自由に」
「ねえ、跡部」
「?」
跡部の袖を掴んでちょっとだけ背伸びして耳に寄せた唇。
「お疲れ様。それと……ありがとう…ね」
「……ああ」
「かっこよかったよ。今日の跡部」
「ああ?今日のじゃなくて今日もだろ?」
「……バカ」
とんっと足をつけて、見上げた跡部の表情がどこか照れ隠しのようで。
ほらまた。私の胸がとくんとくんと音を立てる。
こうやって私の胸の奥をいつもぎゅっとさせるから――何度も何度も好きにならずにいられないんだ。
何度、私はこの人に恋をするのだろう。何度、好きだって思うんだろう。
少なくとも会うたびにそう思うんだろうな。なんて思ったらはにかんだような笑顔が零れてしまった。
本当に好き――。
「何笑ってんだよ」
「う……」
「泣いたり笑ったり忙しいやつだな」
コンッとおでこに当たった拳の跡に触れて頬を軽く膨らませる私に、跡部も小さく笑う。
とくんとくんっと高鳴る胸と溢れそうなくらいの『好き』
簡単に言えるほど軽くもないこの気持ちを伝えたいけど、言葉にするのは少し恥ずかしくて。
「そうだ跡部!ちょっとそのままじっとしてて」
「は?」
「ちょっとじっとしててってば」
跡部の背後に回って、その背中を指でなぞる。
恥ずかしいって言うのもあるんだけど、言葉だけじゃ伝えきれないほどの想いを込めて私はゆっくりと彼の背中に言葉を紡ぐ。
『いちばん、だいすきだよ』
その『き』の文字を書く前に跡部が振り向いてしまって、私は小さく「あっ!」と非難の声を上げてしまった。
じっとしててって言ったのに!
――そう言おうとしたのに、その言葉は許してもらえなくて。
「お前な……」
「……跡部、ずるい。私、まだ途中だったのに……」
「堪えれるかよ、あんなことされて」
「だって……」
「」
「え……」
「 」
本当に、ずるい。
私がこんなにも大事に想ってる言葉を紡ぐんだもの。
「跡部、ほんとにずるい」
「どっちがだよ」
「私、何もしてないもん」
「してるだろ。お前は充分すぎるほど」
「ええ?私、何も――」
「いるだけで充分なんだよ、お前は」
「っ」
いい加減、帰ろうぜ。
そう言って歩き出した背中を私はグッと込み上げてくるものを必死に我慢しながら2,3歩後ろから追う。
隣に並んだらまた泣き出したのがばれてしまう。
なのに、跡部はそれさえも分かっていたように振り向いてしまうんだ。
「だから、泣くなって言ってるだろ」
「跡部のせいだよ」
「そうかよ」
ぐしゃりと髪を撫でた手が私の手を包み込んで。
大きくて温かい手が傍にいることが夢じゃないって教えてくれて、また泣きそうになってしまう。
「跡部」
「なんだよ」
「……ううん。やっぱりまだ今は言わない。まだ私だけの秘密にしておく」
「なんだよ、それ」
「まだ、内緒なの!」
「まったく……俺様をじらすなんてお前くらいだぜ」
「ふふっ。そうだったら嬉しい」
「……覚悟しとけよ、」
指で書いた文字。それを口で言えるのはまだ先かもしれないけど。
私はそれを大事に跡部に言う日まで何度も何度も心の中で言い続けるだろう。
笑った口元を隠した手の中で作った『好き』の形。
それもまだ、私だけの秘密。
オンでもオフでもいつも大変お世話になっている『S.S.T.』のちなさんから、誕生日&サイト3周年記念として頂戴いたしましたっ!
恐れ多くもこの話のヒロイン・・・私がモデルだそうで・・・いやいやこんなに可愛くないから〜!(汗
・・・でも、最初から最後まで感情移入して泣きながら読みました(涙
何でこんなに心を見透かしたかのような表現をっ!!インサイト発動してるっ!?(>_<)
跡部様=かとべ様で置き換えて読むと・・・本当にもうそのまんまドンピシャにはまって・・・涙。
でも読んでいてくすぐったい位照れて恥ずかしかったり・・・死ぬかと思いました。泣いたり萌えたり・・・一体これは何の羞恥プレイですかっ!!って思ったり(苦笑
ちなしゃ〜〜!本当に素敵なお話ありがとうございました!!モデルだなんて恐れ多くも貴重な体験も(笑)凄く光栄です!!
そして・・・ちなしゃのお話の中で幸せになれて、本当に嬉しかったです!!(涙
素敵なプレゼント、ありがとうございました〜〜〜!(>_<)