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氷帝学園では毎年9月末が近づくと、女生徒達が浮き足立ってくる。そしてお互いがお互いを牽制しつつもいつも以上に情報交換に余念がない。
すでに学園行事の一環になっているこれから始まる出来事。それは他でもない、ホスト集団と言われる男子テニス部のバースディラッシュが幕を開けるからだ。

9月10月の2ヶ月間だけで5人の誕生日がある。
まず12日の向日から始まって、29日宍戸、10月4日跡部、15日忍足、29日滝。
いい男揃いのテニス部の中でも特にモテるといわれている跡部、忍足と続く時は、授業にならないくらいの騒動である。

プレゼントはいつも部室に運ばれ、箱詰めにされる。そして彼らが持って帰るまでちっとも片付かなくなる。マネージャーである栞理は去年の惨事を思い起こして眉根を寄せた。
しかし毎年の事とはいえ、プレゼントの山に埋もれてさすがに困った顔をしている彼らを見ていると、栞理はある種の同情を禁じえなかった。
・・・本日誕生日の1人を除いて。










リボンの伝言










「おぃ。ちょっとは手伝え」

そう言って、栞理の横を不機嫌全開で歩いていた跡部は、ダンボール箱から零れ落ちそうなくらい大漁のプレゼントを抱えて後ろから付いてくる樺地をクィッと顎で指し示した。
栞理はそれに負けじと不機嫌そうに答える。

「やーよ。どうせ部室で仕分けを手伝わないといけないんだから。大体なんで私が跡部のプレゼント持たなきゃならないのよ!跡部が自分で持ったらいいじゃない・・・ってそうよ!せめて部室まではプレゼントをくれた女の子達の気持ちの重さをしっかり味わいないさいよ!」
「くれなんて頼んでねーよ」
「何それ。受け取ったのは自分でしょ?」
「下駄箱に入ってたのと机に入ってたのと押し付けられたのばかりだ」

相変わらずあっさりと、それがどうしたと言いたげに答える跡部にカチンときた栞理は、某学園の某部長並みに眉根にシワを寄せた。

部室に運び込まれるプレゼントの山はありとあらゆる品物が揃っているが、実際跡部がその品物を使っているのを栞理は見た事がない。
宍戸からチラリと耳にした話では、跡部の家の者たちが何らかの形で処分している、という事だった。
渡した彼女達は、どんな想いを込めてそれを用意したのか。受け取ってもらえるだけで満足なのだろうか。いや、そんなはずはない。出来る事なら答えて欲しい気持ちが少なからずあるはずだろう。
しかしまるでその想いごと処分されているようなプレゼント達。

栞理はキッと鋭く跡部をひと睨みした。

「気持ちまで蔑ろにしていいはずないじゃない!」
「顔も名前も知らねぇヤツから渡されたものにいちいち答えてられるかっての。・・・それとも何か?ひとつひとつ答えて欲しいのかよお前は?」
「っ!!」

―――答えて欲しい訳がない。

折角の眉目秀麗な顔に不機嫌を隠そうともせず浮かべて自分の隣にいる氷帝の帝王、傍若無人俺様男と曲がりなりにも付き合っているのだから。
しかし普段からわいわいとレギュラー陣と共に行動している事が多いものだから、『付き合っている』という感覚は栞理にはあまりなかった。

本当に自分は跡部と付き合っているのだろうか。跡部にとって自分はどういう存在なのだろうか。
彼女にとって大切で特別な日であるはずの彼氏の誕生日。
栞理は特にこの日になると、彼女という自信を持てず不安が湧き上がってくるのを抑える事が出来ないでいた。

結局何も言い返せず、ただ俯くしかなかった。
跡部はそんな栞理の葛藤に気づいているのかいないのか、「バーカ」と言いながら頭をポンと叩き、端正な顔の口元だけ歪めて不敵に笑った。

「余計な事考えてんじゃねーよ」
「よ、余計な事って、何よっ!!」
「フン、自分の胸に聞いてみろ。・・・おいそれより、今年こそ貰えるんだろーな」
「・・・・・」
「普通彼氏の誕生日に何も用意してないヤツなんていねーだろ、あーん?」
「っ!!あ、あっ、跡部に『普通』とか言われたくないっ!!」

普通なら、彼女が出来ると他の女の子からのプレゼントなど受け取らないだろうし、普通なら2人でいても周りからの刺すような視線を感じる事などないだろうし、普通なら―――。
跡部に普通を求めるのは間違っていると嫌というほど分かってはいるが・・・でもやっぱりごくありきたりの恋人同士という事を実感したい。
ずっとそう望んでいるのに、よりによってその『普通』という言葉から一番縁遠い跡部に言われカッとなった栞理は、そう叫んでその場から駆け出した。
突然怒っていなくなってしまった栞理を一瞬唖然として見送った跡部は、釈然としない顔をしながらも悪態を付かずにはいられなかった。

「チッ、何怒ってんだよあいつは。怒りたいのは俺様の方だっての。なぁ樺地?」
「・・・・・・・・・ウス」

跡部は樺地の返事がいつもより遅かった事に何か言いたげな雰囲気を感じたが、ダークブルーの瞳は栞理が走り去った方向を見つめたまま逸らす事はなかった。










「跡部のバカ~~~~~~~~~!!!!」

息を切らせて駆け上がった屋上で、思い切り声を出してそう叫んでみるとさすがに少し落ち着いてきたようだった。
栞理はふぅと一息ついてフェンスにもたれかかり、空を見上げた。秋の空は高く、透明で、どこまでも遠い。ふと手を伸ばして何かを掴む仕草をしてみる。
・・・ひょっとして掴めないものを掴んだ気になっているだけなのだろうか。
そんな思いも湧き上がってきたそんな時。

栞理~~~安眠妨害~~~~~~~」

突然不満そうな、眠そうな声がかけられ、栞理はよく知っているその声の主をキョロキョロと探した。
すると給水塔の影からひょっこりと顔を出す。それは紛れもなくテニス部レギュラーである芥川慈郎だった。

「・・・ジローちゃん」
「声大きいC~。跡部にまで聞こえたんじゃない~?」
「聞こえたっていいよ」

それがちょっと拗ねているように聞こえたのは付き合いの長さゆえ。ジローは「ケンカしたの~~?」と欠伸をしながら栞理に近づいてきた。

「別にケンカって訳じゃ・・・。私が一方的に・・・」
「跡部ってさぁ~素直じゃないじゃん。それに意外に照れ屋だし、カッコつけたがりだC~。あ、これは意外でもなんでもないか~」

質問しておきながらろくに返事も聞かず、眠そうに目をこすりながら話し続けるジロー。
栞理は思わず笑いながら聞いていた。

「跡部が毎年貰う沢山のプレゼントさ~、その後どうしてるか知ってる~?」

するとまた唐突に、まだボーっとしながらも、実は自分が気にかけている事をズバリと言って来たジローに、栞理は戸惑った。

―――聞きたくない。

すぐにそう思ったが、いつまでもこんな気持ちを抱えたまま跡部の側にいられない。受身でばかりじゃダメだ。まず一歩を踏み出さないといけないんだ。と、栞理は覚悟を決めてジローに向き直った。

「・・・ううん。ただ、跡部の家の人が処分してるって・・・宍戸が言ってた」
「あ~~あ。そんな事だろ~と思った。しかも誤解を招くような言い方して~。それに宍戸はいっつも肝心な所言わないんだもん~~~」
「・・・肝心な所?」
「うん、とっても肝心な所~。まぁ跡部に言うなって口止めされてるし、宍戸も融通が利く方じゃないからしょうがないのかも知れないけどね~」
「?」

謎だらけのジローの言葉に栞理はただただ疑問符を浮かべるだけだった。

「あのね、あのプレゼントね、食べ物とかは無理だけど、あげられそうなものは施設の子供達とかに寄付してるんだよ?」
「え?」
「『喜んで使ってくれる人に貰ってもらった方がプレゼントは浮かばれるだろ』だって~。くれた子達の気持ちはどうしたって浮かばれないから、せめてって事だろうね~」

まさかそういう『処分』だったとは・・・。
栞理は心底驚いたが、それでもまだどこか素直になりきれない自分が邪魔をした。

「・・・そっ、そんなの・・・跡部の自己満足じゃない」
「うん、そうかもしれないけどさ。なんか跡部らし~じゃん?それに跡部は一番大切な大好きな子から一番欲しいものを貰えないんだもん。かわいそ~だよ」
「っ?!」
「今年もあげないの?プレゼント」
「・・・一番、欲しいもの・・・分からないもん・・・」
栞理は考えすぎ~。跡部は栞理から貰えるものならなんだって嬉しいんだよ~?」
「・・・そうなのかなぁ・・・」
「そうだよ~。見た目や行動は派手だけど、跡部だって普通の男だC~」

冗談を交えながら、それでもしっかりと核心を突いて励まして元気をくれるジローに、栞理は少し笑って、小さく「ありがとう」と感謝を込めてお礼を言い、立ち去ろうとした瞬間、不意に髪の毛を引っ張られて仰け反った。

「うきゃあっ!?ジ、ジローちゃん!?」
「おまじないしてあげる~~」
「お、おまじない?」
「うんそう、仲直りできますように~って」

ジローはニコニコと屈託のない笑顔を浮かべてポケットからするりと一本のリボンを取り出し、栞理にそのままでいるように言った。

「な、何?リボン?ジローちゃんどうしてリボンなんか持ってるの?」
「ん~?さっき忍足と岳人が面白がって俺の髪に結んで遊んでたんだけど、やっぱこういうのは女の子の方が似合うC~。綺麗なリボンだから栞理にあげる~」

そう話しながら器用に栞理の後ろ髪のひと房を手に取り、リボンを結びつけて満足そうに笑った。

「うん、これでOK~!いってらっしゃ~い!」
「ジローちゃんありがと!!」
「跡部によろしくね~~~」

ジローの満面の笑顔に見送られ、栞理は屋上に来た時と正反対に足取りも軽く走り出した。
栞理の姿が見えなくなっても暫く振ったままだった手をつぃと降ろして、ジローは苦笑した。

「手がかかるな~あの2人~」

やれやれと伸びをして再び屋上に寝転がったジローから寝息が聞こえるのに、5秒もかからなかった。










「跡部!」

肩で息をしながら勢いよくドアを開けて部室に飛び込んだが、ミーティングルームにはさっき運ばれたばかりのプレゼントが所狭しと並べられているだけで、探している人物はいなかった。
栞理は気持ちだけ空回りして肩透かしを食らったようで苦笑した。どうやら隣のロッカールームにいるらしい。
そう思ったら急に、走ってきたせいではない別の動悸がやけに煩く感じられて、栞理はひとつ深呼吸をすると、先程とは打って変わってそっとドアを開け、隙間から様子を窺った。

「・・・なにコソコソやってんだ。あーん?」
「きゃあっ!」

そっと開けたはずのドアが内側から思い切り開けられ、栞理は転がるように部屋に入った。

「さっきあんな大声だしてドア開けておいて、バレバレだろ」
「うぅ~~~~」
「フッ、そうでなくてもお前の行動なんかお見通しなんだよ」

跡部はそう言うと、2人だけの時にしか見せない、いつもとは違う穏やかな優しい瞳で笑った。
あぁそうだ。こんな顔を見せてくれているのに、なんで不安になったんだろう。なんでもっと自信を持てなかったんだろう。
栞理はそんな自分が情けなくなって涙が浮かんできて、顔を伏せた。

「・・・・・・跡部」
「あん?」
「ごめんなさい」
「・・・・・・んだよ急に」
「・・・私、いつも不安だった。自信がなかった。私も何度もプレゼントあげようと思ってたけど、一体何をあげたらいいのか、何が一番跡部の欲しい物なのか、こんなに近くにいるのに分からなくって・・・。色々考えてるうちに、何をあげても沢山のプレゼント達みたいに、いつか捨てられちゃうんじゃないか―――って、そんな風に思えてきて。・・・そうこうしているうちに・・・あげられなくなっちゃった・・・」

「バカだよね」栞理はそういって苦笑する。
黙って聞いていた跡部だったが、ふと、先程まではなかった栞理の髪の毛に結び付けてあるリボンに気が付き、それをじっと見つめていた。
それからいつもの、少したちの悪そうな確信犯的な、よく言えば非常に蠱惑的な笑みを口元に浮かべたが、俯いている栞理は気付くはずもなかった。

「で?俺の欲しいものってのは、分かったのかよ?」
「うっ、そ、その、それは、まだだけど・・・。で、今から一緒に買い物に行こう?何かプレゼントするから!」
「お前、俺と2人で出かけるの嫌じゃなかったか?」
「そ、それは!・・・・・・だって・・・跡部目立つし・・・私なんかが隣にいても釣り合いとれないし・・・」

俯いたままなにやらブツブツと言い募る栞理を見て、跡部は盛大に溜息をついた。

「お前正真正銘のバカだな」
「なっ!何よ~~~!」
「俺様がお前を選んだんだ。いい加減自身持てよ。・・・お前は充分いい女だぜ?栞理。だから俺様の側から離れるんじゃねーよ。『普通』じゃ味わえないような『特別』な経験、色々させてやれるのは俺様ぐらいしかいないぜ?」

突然そんな台詞を言われ、一瞬にして耳まで真っ赤になって視線を彷徨わせていた栞理だったが、跡部の真剣な、見るもの釘付けにして離さない強い眼差しに見つめられ、真っ赤な顔のまま小さく「ありがとう」と答えた。




すべての事へ感謝を。

この世に生をもたらしてくれた両親に。
生まれてきてくれた事に。
自分と出会ってくれた事に。
・・・そして自分を選んでくれた事に。




「・・・お礼より先に言う事があるんじゃねーか?」
「あ!・・・うん、そうだね」

栞理はまだ肝心な言葉を言っていなかったのを思い出し、嬉しそうに、そして少し照れくさそうに笑った。

「・・・誕生日おめでとう・・・・・・景吾」
「っ?!お前っ・・・・・・フッ、ありがとよ。プレゼントもしっかり受け取ったぜ」
「え?私まだ何も―――」
「バーカ。それが欲しかったんだよ」
「?それって??」

栞理が頭に疑問符を浮かべていると、突然腕をつかまれ引き寄せられた。
そして跡部はその体勢のまま、栞理の頭で揺れている、リボンが結ばれているひと房を手にとってそっと口づけると、上目遣いに不敵に笑った。

「これ」
「あ、それは―――っ?!」

きつく抱きしめられたかと思ったら、あっという間に塞がれた唇。
栞理は最初驚きのあまり大きな目を更に大きくしたが、この甘い眩暈にいつまでも酔っていたくなり、自らそっと瞳を閉じた。






少し開けてあった部室の窓から入ってきたさわやかな秋の風が2人を優しく包み、栞理の髪に結ばれたリボンがふわりと揺れた。

『誕生日おめでとう! レギュラー一同より』

そう書かれてあった事をプレゼント本人が知るのは―――跡部の家に着いてから。












10.4 Happy Birthday to Keigo!














言い訳部屋行く?