暖房など付いていない部室は、やはり冷え切っていた。
それを見越していつも以上に厚着してきただったが、それでもとても長時間いられそうもなかった。

(本当なら放課後までここで待って、直接渡したかったな・・・)

そんな思いに駆られたが、先ほどから頻繁に背中に感じる寒けにこれ以上無理は出来そうもなかった。

(・・・しょうがないよね。うん。・・・置いて帰ろう)

チョコには手紙も一緒に添えてある。家を出る前に急いで書いた短い手紙。

【ずっと、好きでした】

たった一行のラブレター。

もっと伝えたい事があったはずなのに、熱のせいかどう書いても上手くまとまらず、結局1番伝えたい想いだけを書いた。
でも1番大切な、素直な想い。
中学高校と共に駆け抜けてきた仲間に、飾り立てた言葉など必要ない。・・・そんな気もしていた。










anniversary 〜K.Teduka 後編










今日は引退した3年生も全員部活に顔を出す予定になっていたので、ここには必ず来る事が分かっている。
いつも手塚が使っていたロッカーの前に近づき、用意していたものを置こうとそっと手を延ばした瞬間、部室のドアが開いた。

がハッとして振り向いた先には――――間違えるはずもない、大好きな人。

「え・・・どうしてここに・・・?」

手塚はそれに答えずに後ろ手にドアを閉めると左手でくいっとメガネを直し、逆にに問いかけた。

「それはこちらのセリフだ。どうしてお前はここにいる。風邪で休みではなかったのか?」

つい怒ったような問い詰めるような口調なるのはいつもの事だが、今日はことさら厳しい口調になったのは、の身体が心配だから―――。
は、手塚のそんな厳しさの裏側にある優しさが大好きで・・・。今の状況も忘れて思わず笑みがこぼれた。

「・・・・・・何を笑っている」

更に眉間のシワを深くして憮然とした顔で問いかける手塚に、そのままの笑顔で答えた。

「すみません・・・心配してもらったのが嬉しくて・・・」
「・・・・・・」

心配のしの字も口にしていなかったのに、には伝わっていた。言葉にするのが苦手な手塚の言いたいことを、いつもきちんと分かってくれている。
気恥ずかしいような嬉しいような感情にとらわれつつを見つめていた手塚は、の手にある、明らかに今日の為に用意したであろうものに気が付いて溜息をついた。

「・・・やはりそうか」
「え?」
「約束を守ろうとするのはいい事だが、それで風邪が悪化したら、余計あいつらが心配するという事がまだ分からないのかお前は・・・」
「す、すみませ・・・・・・あっ!」

今の話で、どうしてがそんな声をあげたのか分からず、手塚は内心首をかしげつつ訊ねた。

「どうした?」
「・・・皆さんの分、持ってくるの忘れてました・・・」
「・・・今手に持っているのはなんだ?」

そう答えながら皆に本当に申し訳なくなって俯いてしまっただったが、慌てて顔を上げる。

「こ、これは――――ぶ、部長の、です」
「・・・桃城のか?」
「え?あ、ち、違いますっ!!・・・て、手塚部―――――手塚先輩のです」

恥ずかしそうに、それでもしっかりと手塚を見つめて、そう言った。
その視線を真っ直ぐに正面から受け止めつつ手塚は考えていた。

(皆の分は忘れて俺のだけを持って来た?・・・風邪を引いて休んでいたのに、わざわざ・・・)

いくら鈍いと言われる手塚でも、これだけ状況証拠が揃っていれば悟らずにはいられなかった。
ぐっと込みあげてくる嬉しさ、愛おしさ・・・。

の顔は赤く、瞳は潤んでいた。
それは熱のせいだろうと分かってはいても、好きな人にそんな顔で見つめられれば、考えるより先に身体が動いてもなに1つ不思議はなく・・・。
手塚はあっという間にを引き寄せて、腕の中に閉じ込めた。突然の出来事に当然は戸惑った。

「ぶ、部長?!」
「・・・何故俺のだけ持って来たか・・・聞いてもいいか?」
「あ、そ、それは・・・」
「・・・それは?」

続きを促すように抱きしめた腕を少し緩め、の頭をそっとなでる。
はそのまま顔を上げ、手塚を見つめた。30cm近い身長差と至近距離の為、上目遣いになるのは仕方がない。
先程よりよほど行動に移しそうな状況であったが、手塚は理性で辛うじてそれを押し留めて、そのままの答えを待った。

「・・・今日渡せなかったら・・・もう言えない様な気がしたんです・・・私の気持ちを」

の瞳が更に涙で滲んだ。

「大切な仲間だと・・・その1人でいられる事が本当に嬉しかったんです。でも・・・それ以上の想いがずっとあって・・・いつも溢れそうでした」

一筋の涙が頬を伝って床に落ちた。

「中学の時と違って、先輩方が卒業したら今度こそ本当にみんなそれぞれの道へ行って、バラバラじゃないですか・・・」

手塚はそっと手を延ばし、次々伝い落ちてくる涙をそっと拭った。

「この想いは、皆さんと一緒に過ごした時間の中で、暖めてきたんです・・・だから、どうしても、バラバラになる前に・・・どうしてもその前に、伝えたかったんです」

涙を拭う手を頬にあてたまま、手塚はただ黙っての言葉を聞いていた。一言も聞き逃すまいとするかのように。

「ずっと――――ずっと、好きでした」

やっと伝えられた想い。はホッとした。
その瞬間、緊張で貼り詰めていた気持ちが緩んでカクンと膝が折れ、その場に倒れそうになった。手塚の腕に支えられていなければ、確実に倒れていただろう。

「す、すみません・・・」
「いや、大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」

明らかに大丈夫ではなさそうなを見て、手塚はくるりと背を向けると、おもむろにしゃがみこんだ。
それが何を意味するのか、の熱のある頭ではさっぱり分からなかった。

「ぶちょ、う?」
「乗れ」
「え、えぇ?!」
「早くしろ」
「で、でも、そんな・・・」
「その様子じゃ、とても家まで帰れないぞ」
「だ、大丈夫ですよ!来る時だって、なんとか来れましたから・・・」

手塚はピクッと肩を震わせ、その体勢のまま顔だけ後ろにいるを振り返った。

「・・・なんとか?」
「あ・・・」

自分の発言が墓穴だったのに気付いた時は遅かった。
しゃがんでいた手塚が突然すっと立ち上がったかと思ったら、向き直ってを抱えあげた。

「きゃっ!ぶ、部長!!」
「大人しくしていろ」
「だ、大丈夫ですから、お、降ろしてくださいっ!」

の身体は完全に宙を浮いていた。それはいわゆるお姫様抱っこで。

「しっかりつかまっていろ」
「だ、だって、そんな・・・」
「・・・・・・そういえば、先程の返事がまだだったな」
「え?あ、いや、今はそれより降ろして―――」

まだジタバタと暴れていたの目の前に、手塚の整った綺麗な顔が近づいてきた。






「こういう事だ」

手塚はそう言って、少し頬を染めて笑った。
は何が起こったのか分からず、思わず抵抗すら忘れていた。
そして急激に熱が上昇して行くのが分かった。クラクラする頭で今の出来事を考える。しかし考えれば考えるほど熱が上がっていく様だった。
抵抗を観念したは、そっと手塚の首に腕を回してしがみつき、手塚の広い肩に顔を埋めた。










そのまま有無を言わさず家まで連れられて帰る事になった。
通りすがりの人達の視線がとても恥ずかしかったが、それでも手塚の気持ちや温もりを感じ、嬉しさが勝っていた。

その帰り道、終始無言だった手塚がふと話しかけてきた。

「さっきお前は『ずっと好きだった』と言ったな?」
「え?あ、は、はい」

そう改めて聞かれると恥ずかしいもので、今の状況が更に恥ずかしさを増す。
そっと手塚の顔を見ると、ぶつかる視線。今まで以上に優しい顔、それでいて熱い視線。
まだ知らない顔があったんだと、は少し戸惑った。
仲間として誰よりも近くにいた。その仲間にすら見せない顔・・・自分にだけ向けられる顔。

その視線に戸惑いつつも嬉しくて逸らす事など出来ず、ただジッと見つめかえしながら手塚の言葉を待った。

「過去形にするつもりはまったくない。覚悟しておけ。・・・ずっとな」










言葉にするのが苦手な手塚が、ハッキリとそう言い切ってくれた事が嬉しくて、は涙腺が緩んだ。
仲間という関係から抜け出して、2人で歩き出した今日という日を、決して忘れない。
―――は込み上げてくる涙に、そっと誓った。
















言い訳部屋行く?